[ 詰め込んでも伝わらない気持ち ]





今年のホワイトデーは日曜日。本日三月十二日は葉山崎高校バスケットボール部専用体育館前に女子生徒の長蛇の列ができる。バレンタインデーのお返しが配布されるからだ。箱で買ったマドレーヌが大量に入口に置かれていて『ご自由にお取りください』状態になっている。それを冷ややかな目で眺めながら、高岩からもらったお返しのお菓子の中身を見てショックを受けている。

綺麗に包装された袋を開くと、マシュマロだったのだ。

ホワイトデーにマシュマロを贈るのは「あなたが嫌い」
高岩とは一年生の頃からずっと仲が良かった。席が近くて何かと気が合って、勝手に高岩と仲が良い女子ナンバーワンを自負していた。だから、いつの間にか友情が片想いに変わっても、恋愛に発展するのは私がいちばん近い位置だと思っていた。それがばっさり振られた。告白したわけではないけれど、本命チョコのつもりで今年のバレンタインデーにチョコレートを渡したから。少しお高めのチョコレートをわざわざ買いに行って店頭の行列に並んだのだ。おこづかいも親に前借りして、馬鹿みたい。

さりげなく、俺に告白するなと言っているのかもしれない。女の子にちやほやされるのは好きそうなのに、女の子たちが去っていくと疲れた表情を隠すことなく出しているのを見かけるあたり、今は誰かと本気の恋愛をする気はないのだろう。
放課後の校舎の廊下の窓越しにマドレーヌをひとつ手にして笑顔で帰っていく女子生徒を見ていると、自分がとてもみじめに思えてくる。

「マドレーヌは、もっと仲良くなりたいって意味なのにな。嫌いなら仲良さげに話しかけたりするのやめてほしい」
「何が?」
「うえぇっ」

部活が始まっているのに高岩が校舎にいるのは、サボっているか忘れ物を取りに来たかの二択だ。圧倒的前者だ。匿えと言うのだろうか。それよりも、今日もらったマシュマロから察するに、私と距離を置きたいのではないのか?

「悩み事でもあんの? に話しかけるのやめてほしいって、誰に?」
「うーん、私のこと嫌いなら、仲良さげに話しかけるのやめてほしいなって。無理させてるのなら辛いし、嫌われてるっていう事実がちょっと受け入れられなくて……」
「何かあった? 普通に授業受けてただろ? 昼休みは友達と普通に弁当食ってたし」
「ホワイトデーにマシュマロもらった」

少しの沈黙の後、高岩は恐る恐るといったように私の顔を覗き込むから、私は顔を逸らす。

「俺、にマシュマロあげたけど、他にもらった?」
「ううん」
「お、れ……?」

小さく頷いて視線は体育館へ送る。今すぐ逃げ出したいのに、足がすくんで逃げ出せない。好きな人が隣にいるから嫌われているとしても、少しでも長く一緒にいたい、話したい。

「マシュマロってホワイトデーの定番だと思ったんだけど。それにが前にマシュマロは好きって言ってたから、おいしそうなの探して味もいくつか入れたし、喜んでもらえると思って。俺、それが失敗してたのか? マシュマロ、嫌いだった? ごめん、気が付かなくて」
「ホワイトデーのマシュマロは、あなたが嫌いとか、やんわりとお断りするっていう意味があるの。だから、高岩は私のこと嫌いなんだって、ずっと気づかなくてごめんね。一方的に仲良しだと思って話しかけてごめんね」

ようやく逃げる気になって走ってはいけない廊下を全力で走って玄関に向かうが、教室の中に鞄を置き忘れていることに靴を履き替えてから気づいた。そもそも高岩は追いかけてすら来なかったから、『失敗した』とか『ごめん』とか、そんな言葉を吐いていたけれど全部私を気遣うふりの嘘だったのかと落胆する。 どうせなら告白して盛大に振ってもらった方が精神衛生上よかったのかもしれない。このまましばらく私の心は失恋の痛みをじわじわと感じてじりじりと焦げて穴でも開くだろう。そうしたら痛いかな、もうすでに痛いよ。鞄を取りに行く途中で高岩と鉢合わせしたらどんな顔をすればいい?

一旦、靴を履いて体育館を避けて時間つぶしをしようとしたら、息を切らせた高岩が私の前に立ちふさがる。やっぱり私のこと追いかけてくるよね。盛大に振るために。でも、彼の手は私の鞄をしっかりと抱きかかえていた。

「鞄、教室に忘れてた。ほら」
「ごめん、わざわざありがとう。じゃ、また」
「待って、弁解させて」

何の弁解をするというのだ。勝手に私の鞄を持ってきたこと? それならとても感謝している。高岩から鞄を受け取って抱きかかえると、高岩は貝をなくしたラッコが次の貝を求めるように私を抱きしめた。どうして、私は高岩に抱きしめられているの?

「今からマカロン買ってくる。さすがにコンビニにはないか。だったら飴。いちご、レモン、ぶどう、りんご、どれでもいいよな? マドレーヌもキャラメルもコンビニにはありそうだよな。ホワイトデーのマシュマロにそんな意味があるなんて知らなかったんだ。めちゃくちゃ傷つけたよな、ごめんな。俺は、のこと好きなんだよ。この前もらったのは本命チョコでいいんだよな? ちゃんと書いといてくれないと、俺はバカだから気づけない」
「あ、あの……たかいわ……」
「一年生の頃からずっとのことが好きなんだ。ずっと本命チョコをもらいたかった。今年もらったチョコレート、大事に食べたのに、本命チョコだなんて気づかなかった。ごめん」
「なんで高岩が謝るの? 私が告白しなかったから悪いんだよ。私も一年生の頃からずっと高岩が好きだよ」
「夢みたい、だな」
「うん。でも、夢じゃない」

なんだ、この少女漫画のような展開は。高岩の腕の力が弱まって私たちはこのまま部活と帰宅の分かれ道に立つはずだったのに、高岩の手のひらが私の頬に吸いつくようにぴたりとくっついた。右も左も高岩の手に挟まれて、まるでサンドウィッチになった気分だ。そのままぱくりと私の唇は食べられてしまった。





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※所説ございます

マシュマロ:あなたが嫌い、柔らかいマシュマロで包んでお返しする=やんわりとお断りする
マドレーヌ:もっと仲良くなりたい
マカロン:あなたは特別な人です
キャラメル:あなたは安心できる人
キャンディ:あなたが好きです
 味ごとだと
 ・いちご:恋
 ・レモン:真実の愛
 ・ぶどう:酔いしれる恋
 ・りんご:運命の相手

ホワイトデーに渡すものの意味にこだわった話が書きたくて、なぜか高岩さんがさくっと浮かびました。
ハッピーな話ではありませんが、過去にマシュマロにまつわる高岩さんのホワイトデー話「マシュマロンの白い目から」も書いてますので、 こちらもよければご覧ください。

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