[ 一 途 な 彼 ら ]





自動販売機に小銭を投入してボタンを押すだけの簡単な仕事。
ガタンと音を立てて滑り落ちてきたペットボトルは冷えている。
両手でペットボトルを挟んで、手の温度を下げる。
そんなことを自動販売機の前でしていたものだから、次に買いにきた人が迷惑そうに声をかけてきた。



「邪魔」
「すんまそん」
「謝る気ゼロだな、
「だって、しあわせなんだもん」



自動販売機で冷えたジュースを買って、掌を冷やして、自動販売機と二人きりの世界でジュースを飲むのが好きだ。
私のしあわせを邪魔しないで、高岩さん!

高岩は私と自動販売機の間に割り込んできて、ブラックの缶コーヒーを買った。
五〇〇ミリリットルのペットボトルと、二〇〇ミリリットルのスチール缶では滑り落ちてきたときの音が全然違う。
趣があっていい。
だから、自動販売機が好きだ。
たいていの女子は私が熱く自動販売機について語っても聞き流してしまう、むしろ聞いてもくれないけれど、
高岩は相槌をうちながら聞いてくれるから好きだ。



「自動販売機よりイケメンを追いかけろって普通は言うんだろうけど」
「けど?」
「面白いから俺は好きだな、の自動販売機ラブ話は」
「もう、ほんと、自動販売機が恋人だったらどれだけ幸せか」
「選ばれた自動販売機も幸せだな、が彼女だったら」
「そうかな〜」



高岩に褒められると嬉しい。
スポーツも勉強もできて校内一のモテ男に評価されるなんて、高岩よりも優秀だということ。
私の場合は、高岩よりも奇抜な発想をしている点を評価されているだけ。



「そういう高岩が選んだ女子も、幸せなんじゃないの?」
「そうかな?」
「そうだよ。校外からも人気者のたっかいーわさん!」
「さんきゅ」



笑顔で褒め称えたつもりだったけれど、高岩はそれほど喜んでいなかった。
缶コーヒーを飲む横顔が寂しそう。
片想い、なのかな。
好きな人には好きな人がいて、その人は自分ではない、そういうパターンかな。
軽い気持ちで言ったことを後悔した。

私だって、どんなに頑張ったって自動販売機の恋人になれっこないことはわかっている。
ただ好きでいられることがしあわせだ。
でも高岩は、私と違って好きな人と一緒に幸せになりたいと思っているはずだ。
だから、好きな人以外から好かれても、嬉しくないんだよね。



「好きな人に好かれたらしあわせだし、好きな人と一緒にいるとしあわせだし、好きな人の笑顔を見ているとしあわせ」
「そうだな」
「私はどうがんばっても好かれないし、笑顔なんて見せてもらえないけど、一緒にいられてしあわせだよ」
「多分、笑顔だと思うけどな、俺は。それに、好かれてるだろ?
 俺みたいに千円入れたらつり銭出ないとか、小銭を自動販売機の下に落として拾えなくなったりしたことないだろ?」
「それは運の問題かと……」
「俺も、みたいに方向転換するかな」
「どう方向転換するの?」
「バスケットボールを好きになるとか、バスケットゴールを好きになるとか」
「やめたほうがいいよ。辛いだけだもん」
「そのほうが、振り向いてくれる気がするんだよな」



缶コーヒーを飲み干して、備え付けのゴミ箱にそっと入れる高岩。
自嘲? 哀れみ? 微笑み?
私にはよくわからない表情で、高岩は去っていく。

好きになるってこんなに辛いことだったっけ?
好きになるってこんなに苦しいことだったっけ?
誰も答えは教えてくれないよ。
だって答えを知らないもの。

部活中の高岩はいい顔をしていると思う。
それは、好きな人のことを忘れられるからなのだと勝手に想像してみる。
私は、いつ、いい顔をしている?

それは、高岩と話しているとき。
高岩に私の話を聞いてもらっているとき。

好きになれたらいいのにな。
好きになってくれたらいいのにな。
相思相愛になれたらいいのにな。

でもそうなれなかったときのことを思うと、怖くて何もできない。
ずっと、自動販売機のことが好きだ、なんて言って本当の気持ちを誤魔化している。



「まだ、高岩に言ってないのか」
「成瀬くん……」



振り返ると、成瀬くんが太陽の光を浴びて眩しそうに目を細めていた。
成瀬くんは何も言わなくても、私が高岩のことを好きだと見抜いた。
高岩は、見抜けないのかな。
言わなきゃ伝わらないけど、言わずに伝わればどれだけ楽か。



「しょうがないよね、言わなきゃ伝わらないよね」
がためらう気持ちはよくわからない。けれど、には高岩に気持ちを伝える機会がいくらでもある」
「そうかな?」
「他校のファンに比べれば、同じ学校に通っているだけで十分差がある。それに、高岩はそんなに女友達が多くない」
「そういえば、そうだね。ファン以外の子と話しているところは、あんまり見かけない」
「このまま友達で終えるのか。気持ちを伝えて振り向かせるのか。玉砕しても友達として側に置いてもらうのか」
「ちょっと!さらりと酷いこと言わないでよ!」



成瀬くんは鼻で笑って自動販売機に小銭を入れた。
高岩と同じブラックのコーヒーを選んだ。



「私もブラックのコーヒーが飲めるようになったら言うよ」
「は?」
「高岩がさっきそれと同じのを買って飲んでたよ」
「そうか。は甘党だったな」
「カフェオレも苦い」
「ま、がんばれ」



高岩は私が自動販売機ラブな女子だと思い込んでいるだろうな。
振られたら、ドッキリだったことにしようか。
誠意が感じられないからダメかな。

ごめんね、高岩。たくさん自動販売機の話をして。
今度は高岩がどれだけ素敵で私の心を揺れ動かすか語るからさ、いつものように穏やかな表情で聞いてくれる?









**************************************************

ごめん、こんな自販機ラブな痛い子にするつもりはなかったんだけど。
高岩さんが話を聞いてくれるのは、さんが好きだからにきまっているじゃない。
そんな午後。コーヒーは苦手。紅茶は好き。
inserted by FC2 system