[ 新 米 大 人 ]





手を繋ぎたいのだけれど、手をとっていいのかわからなくて、俺の手は空のまま。
俺のこと嫌いだとは思えないけど、本当は嫌いなのだろうと疑ってしまう。
一緒にいるのに、幸せだと感じられない。
俺の心が離れているだけなのだろうか。
隣を歩く年上彼女の気持ちが、さっぱりわからない。

三つしか年齢は変わらないのに、この差はなんだろう。
経験の差?
今までに付き合ったことのある恋人は片手で足りるくらいの俺と、たった一人だというさんの間の差にしては、大きすぎる。
むしろ逆だ。
さんが大人すぎてついていけない。
俺には対処しきれない。



「あー、さん?」
「なにー?」
「俺ってこども?」
「突然何言い出すの?二十歳になったんだから新米大人でしょ」



ふわっと軽く微笑むさん。
社会人と大学生の差か。本物の大人と、新米大人の深く埋められない溝だ。
さんのことは好きだ。
嫌いだなんて一度も思ったことはない。
中学生の頃から好きで、高校卒業と同時に念願かなって付き合うことができたのだ。
少し、マンネリ化しているのかもしれない。

本当に?本当に?
違うだろう?違うだろう?



「一生こどものままでいられたらどんなにいいだろうねぇ」
「ピーターパン症候群ですか?」
「働くのは大変ってこと」



苦笑するさん。
そうか、大人びて見えたのではなくて、疲れてるのだ。
心に鉛を抱えていて、重い体をひきずっているのだ。
もっと早く気づけよ、俺。さんのSOSだぞ!

さんの腕を引いたら驚いた顔が見られて、その顔を自分の胸の中に隠して閉じ込めてしまう。
言い換えれば、抱きしめたということ。
路上だけれど、周りに人はいないから、少しくらいはいいだろう。

抱きしめたら、少しは落ち着くかな。
抱きしめたら、少しは元気になるかな。
抱きしめたら、俺の心も大人に近づけるかな。

簡単に大人になれるもんか。
簡単に子供心捨てられるもんか。
簡単に恋心なくせるもんか。

数十秒抱きしめていたら、さんが俺を拒絶した。
当然だ。公衆の面前でこんなことされたらたまったもんじゃないよな。



「あ、あの…」
「ごめん」
「ううん、そうじゃなくて、その」
「何?」



できるだけ優しく尋ねたつもりだった。
けれど、威圧するような尋ね方になっていたらしい。
さんは少し肩を震わせ、視線を地面に落とす。
俺には何もできなかった。
今日はこれでお開きかな。
中途半端なデートで終わらせたくなかったけれど、これもまた思い出の一頁として刻むんだ。

放っていくつもりはなかった。
この場の空気に耐え切れなくて、さんに背を向けた。



「待って!」
さん?」
「待って。まだ一緒にいて」



さんは俺を呼び止めて、俺の隣に並ぶ。
彼女の手は、俺の指先を掴む。
手を繋ぐには程遠い、付き合いたての恋人達のような振る舞い。
そんな彼女が愛おしくて、声をあげて笑ってしまった。



「笑わないでよ、覚司くん」
「馬鹿にしているわけじゃなくてですね、かわいすぎて笑ってしまったんです」
「だって、自分から手を繋いだりするのって、なかなかないから、恥ずかしい」
「そういえばさんからのボディタッチってほとんどないですね。ボディタッチが嫌いなら嫌いって言ってくれればいいのに」
「違う違う!嫌いじゃないよ、好き好き」
「好きなら自ら進んでしてくれないとねー」



口ではそんなことを言いつつ、もどかしくなってさんの手を自分の手で包み込んでしまう。
さんは俺の肩にもたれかかってきた。
大人のくせに甘えるのが本当に下手だな、この人は。



さんの気がすむまで一緒にいますよ、今日は」
「ありがと」



新米大人だからうまく甘やかせてあげられないけれど、少しでいいからさんの心の重荷を取り払ってあげたい。
ぎゅっと、さんの手を握った。









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タイトルのセンスのなさが、笑えないw
働くことのプレッシャーがつらいです。
学生のときにはわからなかった。
でも、学生は知らないからこそ、癒してあげられるんじゃないかって。

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