[ Re: START ]





私も大学生になった。
新しい生活に戸惑いつつ、次第に慣れて、交友関係も広がった。
その分、失ってしまったものもあるのだけれど。

都内の大学に通うようになってから、小田原に行くことがなくなった。
国府津高校に通っていたころは、毎日のように行っていたし、制服デートもここでしていたのに。
小田原と疎遠になったら、彼とも疎遠になってしまった。

私は国府津高校のブレザーを着て、彼は葉山崎高校の学ランだったりジャージ姿だったり。
懐かしい日々。どんなに想っても、もう戻らない日々。
私は、まだ、彼のことが、好き…なのだろうか。

アルバイト先の先輩達と日帰り箱根温泉旅行の帰り、私はひとり、小田原城までやってきた。
「小田原城址公園に象を見に行く、とか」って言ってたのに、もう象はいないんだよ。
そう言ってた彼も、私の隣にはいないんだよ。

ベンチに腰かけ、観光客を眺めた。
家族連れ、カップル、大人数のグループ、様々で見ていて飽きない。
秋も深まり紅葉が見ごろだから、箱根まで足を運ばずとも小田原城で紅葉を満喫できる。
携帯電話のカメラで小田原城を撮影しようと手を伸ばすと、液晶画面にアップで人の顔が映って驚いた。



「わわわ」
「ハハ、変わらないなー、は」
「さ、覚司!もう、驚いたよ、本当に」
「その顔を見ればわかるよ」



驚いた。一回じゃ足りない。驚いた、驚いた。
彼も、変わらないな。
ジャージ姿で、大きなエナメルのスポーツバッグを背負い、ニット帽をかぶっている。
背の高さも、声の柔らかさも、あの頃と変わらない。
彼が笑うと、私も嬉しくなって笑う。
胸が、きゅんとする。

私は、まだ、彼のことが、好き、なんだ。

携帯電話を鞄の中に入れる。
覚司は私の隣に、どかっと座った。
私達は、ただの友達。ただの、先輩と後輩。昔、恋人同士のお付き合いをしていただけ。



「久しぶりに小田原に来たんだけどさ、ここは変わらないなー」
「ねー、東京ばっかり行ってると、癒されるねー」
「新宿や渋谷で遊んでばっかりで、単位落とすなよ」
「覚司みたいにバスケバカで落としたりしてないもん」
「本当に、そうだよな。相変わらずバスケバカで、恋は盲目的な」



自嘲気味に話す覚司を見て、私は切なくなる。
覚司が一足早く大学生になって、私は一年遅れて大学生になった。
その間に、私達は疎遠になりつつあったのだ。
私が大学生になって、新しい生活に慣れようと努力している間に、二人は疎遠になってしまった。
私だけのせいじゃない。
彼がバスケットボールにのめりこんで、私よりも密な関係をバスケットボールと築き上げていた。
そのせいだよ。うん、そのせい。少しくらいは覚司のせいだ。



「私は、バスケットボールに負けたってことだよね」
「っ…、とバスケットボールを天秤にかけて、俺はバスケットボールをとったってことだよな。はいはい、俺の負けー。」



覚司は立ち上がり、私を振り返って笑った。
「おごるからご飯食べに行こう」と言って、私の腕を引いて立ち上がらせる。
私は手首を掴まれたまま、覚司の後を追いかける。
しばらく歩くと、覚司は急に立ち止まった。
私は、覚司の背中を見つめる。



「受験生の邪魔したらいけないと思って、あんまり連絡とらずにいたら、これだ」
「ん?」
の受験が終わったら、大学生デートができるかなって思ってたのに、バスケットばっかりやってた」
「…うん」
「少しくらいお金がほしいと思ってアルバイト始めたら、本当に時間がなくなった」
「アルバイト、してたんだ。知らなかった」
「俺は、まだと別れたとは思っていない。勝手でごめん」



覚司が掴んでいた手を離した。
勝手なのは私の方だ。
疎遠になっただけで、互いに別れようと宣言したわけではなかった。
自然消滅ということにしていた。
けれど、覚司の中では消滅なんてしていなかった。
私の中でも、覚司への恋心は消えていなかった。

私は、そっと覚司の手を握った。
触れた手は温かくて、私は笑顔になることができて、彼も笑ってくれて、とても幸せだ。



「象はいないけどさ、またここに来ようね」
「ああ」
「私もお腹空いた。おごってよね、アルバイトしてる金持ちさん!」
「はいはい」



今日から、また、彼のことがもっと好きになれそう。









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久しぶりに小田原城へ行ったら、象は3年前に亡くなったと言われてショック!
思わず書いてしまいました。

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