[ 想いを、クール便で運んで ]





スーパーで真っ赤なりんごを眺める。
58円、安い!
そういえば、覚司くんはりんごが好きだって言ってたな。
遠距離恋愛中の私は、バレンタインデーに手作りお菓子を渡すことができない。
できたてを渡すのが理想なんだけどな。
作ったばかりのできたてほやほやりんごのマドレーヌを食してもらえればな。

ひとまず、自分で食べるために作るか!
そう思い、私はりんごや卵、小麦粉、グラニュー糖を買って帰宅した。
ちょうど寮の前に宅配便のトラックが止まっていた。
クール便、そういえば、そんなものがあったな。
クール便でマドレーヌを覚司くんへ送ろうか。

ゴールデンウィーク、お盆休み、年末年始。
勤務地が神戸になってから、会う数は減った。
たまに手紙を書いた。
メールよりも、たくさん伝わると思ったから。
会いたい、会いたい、会いたい。
そんな気持ち、伝わっているかな?

マドレーヌにこめた私の想い。
クール便のドライバーのお兄さん、私の代わりに届けてね、私の気持ち。

遠距離恋愛、不安はたくさんあった。
それ以上に、社会人と高校生という関係に不安があった。
覚司くんの周りには、年の近い人がたくさんいる。
だから、私なんかよりもっといい人を見つけることも簡単だと思う。
年の差なんて関係ないよ。好きという気持ちさえあれば。
けれど、心の片隅に、相手は未成年だということが残っている。

本当は、不安要素があるほうがいいのかもしれないね。
何もかもうまくいけば、それが当たり前のことになってしまうから。
そうすれば、大切にできなくなることもあると思う。
少しの不安を抱えれば、一生懸命になれる。
そうやって、今まできたんだよね、私たち。

オーブンレンジからりんごの甘い香りが漂ってくる。
それだけで溶けそうだ。
まだ満足したらいけない。
ラッピングして、コンビニでクール便の発送をお願いするまで。
いや、覚司くんの元に届いて食してもらうまで、油断は禁物。

好きな人を想っていられる瞬間は、幸せだ。
コンビニへ向かう道、青空を見上げてそう思った。





日曜日の夜、珍しく携帯電話が電話の着信を知らせている。
キッチンに向かって晩ご飯を作っていた私は、コンロの火をとめて電話に駆け寄った。
覚司くんからの着信、嬉しくて即座に出た。





「もしもし、ですっ」

『覚司です、お久しぶりです。今、部活終わって家に帰ってきたんですよ。クール便で荷物受け取りましたよ』

「本当に?ちゃんと届いたんだね。ちゃんと食べれた?」

『いえ、まだ食べてないんです。もったいなくて食べられないですよ!
 ・・・嬉しすぎて、どうしたらいいかわからないですね』





こちらこそ、そんな言葉をいただいてしまっては、嬉しすぎてどうしたらいいかわからないですよ。
こんなとき、近くにいれば、会って抱きしめあってそれで終わりなんだろうけれど。
この距離は、どうにもならない。
ソファに座り、横に転がるリラックマのぬいぐるみを膝の上に載せて抱きしめる。

会いたいな。
声を聞くだけじゃ足りないよ。
手紙を書くだけじゃ足りないよ。
相手を想うだけじゃ足りないよ。

さん?』
私を呼ぶ声で、意識を現実世界へ引き戻すことができた。
大好きな人と電話しているのに、自分だけの世界に行ってしまうとは何事だろう。
深く、反省する。





『食べたら、感想ちゃんと伝えますからね』

「うん、楽しみにしてる。早めに食べてね。添加物入ってないから、日持ちしないのよ」





私の愛は、覚司くんに伝わるかな?
一口かじれば、私の想いが弾けとぶかな?
今度はちゃんと、会って私の想いも愛も伝えたいよ。





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「クール便で送ってよ」と先輩によく言われるのと、
家の前にクール便のトラックが止まっていたので書きました。
なんか、このシリーズ好き(かいてる本人がそんなこと言うのもどうかと…)

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