[ 高嶺の花に触れた ]





好き。

高嶺の花だとしても、諦められない。
どんなに他の女の子に言い寄られても、心が傾かない。
それだけ好きってことなんだろうな。
まるで他人事のように言っているけれど、本当に他人事のようなんだ。
恋も大切。
けれど、今いちばん大切なことはバスケットボールを追いかけることだから。

だから、好きだと伝えていない。
伝える必要もないと思う。





『大和撫子』という表現がしっくりとくる、それ以上に表現できる言葉があれば教えて欲しいくらいに、
さんは立ち振る舞いが完璧だ。
完璧な人間なんて、存在するわけがない。
でも、粗探しのしようがないんだ。
俺以外に、さんに憧れたり惚れこんだりしている男はたくさんいる。
だから、恋人くらいいるんだろうな。
けれど、浮いた話は少しも聞いたことがない。
あぁ、誰かを振ったという話くらい。

たいてい、さんが誰かを振ったという噂を聞いた日の前後は、さんの元気がないんだ。
振った罪悪感?恋人以外に好かれてしまった罪悪感?
さんは何を思うのだろう。
ほら、今日も元気がなさそうだ。





さん!」

「ん?高岩くん?」

「元気ないじゃん。何かあった?」

「んー、何にもないよ。そっか、私、元気がないんだね」





尋ねても、本当のことは言わない。
当たり前か。
他人に元気のなさを指摘されて、気丈に振舞うくらいだから。
笑顔が痛々しい。
だから、笑顔を返せなかった。
「なんだか痛々しい笑顔だね」とさんに言われてしまった。

窓の向こうの空は青かった。
いい天気の日に限って、体育の授業がなかったり、体育館で授業だったり。
「ピクニックにでも行きたいな」とさんが言った。
癒されたい、そんな表情だった。
俺も、のんびりしたいな、できればさんと一緒に。
そんなこと、言えるはずもなかった。

ただ、こうして同じクラスで、席が近くて、会話できるということに満足していた。





数ヶ月経って、季節が移りゆく。
春から夏になった。
セミの鳴き声が耳に痛い。
高校生活最後の試合も近づいてきた。
部活の途中、息抜きしたくてこっそり体育館を抜け出した。
今日は、珍しく成瀬に捕まらなかったから。
購買で買ったアイスキャンディーを食べながら、俺は校舎裏を歩いていた。
普段は人がいないから、俺の息抜きスポット。
でも、今日はそこから気配を感じる。
俺は足を止めた。そして、物陰に身を潜める。
女の声が聞こえる。
何を言っているのかよくわからないけれど、女と男の姿が確認できたから何を言っているのかは察せた。
多分、返事をしている。
男が告白したから、女がその返事を。
目を凝らした。男は知らない奴。女は、さんだ。間違いない。

盗み聞きするつもりはなかった。
けれど、気になる。
だから、身を潜めたまま、アイスキャンディーを溶かして垂らさないように気を配って食べていた。
男が俺の近くを通って去っていく。俺には気づかなかったか?
男の姿が見えなくなるのを確認してから、俺は物陰から姿を現した。
けれど、さんは俺には気づいていないようだ。
しゃがんで地面を見つめていた。





「ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだけど、息抜きしに抜け出したらさ・・・」

「あっ、高岩くん・・・」

「振っちゃった?」

「うん、振っちゃった。罪悪感で心がいっぱいになっちゃう」





さんの目は潤んでいた。
今にも泣き出しそう。
でも、俺はさんの恋人じゃないから、その肩を抱いてやることもできなくて、
アイスキャンディーを手にしたまま、立ちすくんでいた。
さんはポケットからハンカチを取り出して顔に当てていた。
何か言わなくちゃ、言わなくちゃと思うけれど、全く気の利く言葉が浮かばない。
そうこうしているうちに、さんがぼそぼそと呟くのだ。





「振ってばかり。一度でも振られたら、振らなくてもいいようになるかな」

「いや、それは・・・」

「でも、振られるのは怖いから、好きって言えない」

「うん、俺も好きな人に好きって伝えてない」

「高岩くんも???」





さんは驚いていた。俺が、好きな人に好きということを伝えていないことに。
俺に彼女はいないってことは伝わったかな?
そして、俺も、さんに恋人がいないことに驚いた。
こんなにたくさんの人から好かれているのに、好きな人から好きって言ってもらえない。
けれど、自分から言う勇気がない。
だから、振ったという噂が流れたときは元気がなかったんだな。
好きでもない人から好かれても、自分にとって実りにはならないから。
好きな人に想いを伝えられない悔しさも抱えつつ。
振った相手の想いに応えられなくて、罪悪感も抱えつつ。

想いを伝えないという選択肢もあるのだと思う。
それでいいんだ。
そのまま想いを殺してしまっても、実るかもしれない可能性を捨ててしまっても。
それが最良の選択だと思えば、殺すことも捨てることもたいした事ではない。
うん、そうだ、きっと。





「私・・・高岩くんが、好きっ」

「え?」

「ごめん、本当に、ごめんなさい」





突然聞こえた言葉が理解できなかった。
顔を下に向けたまま、さんは走り去った。
俺はぽかんと口を開けて呆然とその場に立っていた。
いつの間にか、高嶺の花に手が届くところまで登りつめていたらしい。
もっと手を伸ばせ。
早く掴め。

逃げられる前に。
振り切られる前に。
早く追いつけ。

正気に戻って、駆け出した。
かけっこしたら俺が勝つに決まってる。
さんの姿がどんどん大きくなって、手を伸ばせばその身体を簡単に引きとめることができた。
けれど、さんはこちらを向いてくれなかった。
だから、俺はさんの後姿に向かって想いを伝える。





「俺も、さんが好きなんだ」

「え?」

「本当に、そう思っている。高嶺の花だと思ってたから、伝えられなかったんだ」





さんは、恐る恐るこちらを振り返る。
目が少し赤かった。
涙が乾いた跡が目元に浮かんでいた。
笑顔を送れば、微笑んでくれた。





「私、高岩くんが好きだよ。でも、デートとかできないし、今まで通り仲良くするだけ・・・」

「俺も、部活があるからデートなんてできない。けど、今まで以上に仲良くしてくれたら、嬉しいかな」

「うん!」





さんの笑顔に見惚れていたら、手に冷たい感触。
アイスキャンディーが溶けて垂れていた。
俺は慌ててアイスキャンディーを口に入れる。
そんな俺を見て笑うさんと、二人で並んで体育館の方向へ歩いた。
これからも、こうやって並んで歩いていけるような気がした。









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たまには、人気者の高岩さんも片想い頑張ってます、的な話をね。
「今まで以上に仲良くしてくれたら〜」ってセリフ、気に入ってます☆

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