[ 夕焼けが綺麗すぎて泣いたなんて嘘だ ]





「あーもー、しつこいよ!」と少し怒鳴り気味の声で言われた。
それでも諦められないから追いかけている。
ファンなんて数え切れないほどいるし、いつも女の人の声援が飛び交っているし。
振り向いてほしいと思っても振り向いてくれないし。
いや、違う。振り向いてはくれる。けれど、怒られるだけ。

わかってるよ。
私なんかが高岩さんのことを追いかけたって、何も得られないってこと。
「ごめんなさい」と言えば、困った顔をする高岩さん。
早く諦めてくれればいいのに、と表情が訴えている。

応えられなくて、ごめんなさい。

落ち込んで、高岩さんが向かう方向とは逆方向に歩いた。
夕焼けに向かって歩けば、涙がこみ上げてきた。
ハンドタオルで顔を覆う。
前は見えていない。
工事現場の迂回を示す矢印看板につまづいて転んだ。
ガシャンと派手な音をたてて、看板が元いた位置からずれた。
手をアスファルトにつけて立ち上がろうとしたら、目の前に手が差し出された。
相手の顔も見ずに手を重ねる。





「た、高岩さんっ???」

、大丈夫か?っつーかいろんな意味で大丈夫?」

「いろんな意味って・・・いろんな意味で大丈夫じゃないですよ」

「俺のせいだってか?」

「そう、ですね」





高岩さんは軽々と私の手を引き、身体を起こしてくれた。
さっきまで私のことを邪険に扱っていたのに、助けた上に心配してくれるとは何事だろうか。
「ほれ」と言って、高岩さんはパイの実を一粒くれた。
高岩さんが校外に出たのはパイの実を買うため。
高岩さんは校内に戻ろうとした。私は家に帰ろうと思って夕焼けに向かって歩いた。
高岩さんは逆方向へ行ったはずなのに、どうして私の目の前にいるのだろう。
それはこっちの方向に用があるからに決まっている。
何の用事?誰に用があるの?

思えば、私は転んでしまい大丈夫ではなくて、泣いているから更に大丈夫ではなくて。
そんな私のことを「いろんな意味で大丈夫?」と心配してくれた。
キライだったら普通は心配しないかな。
高岩さんは、私のこと少なくともキライじゃないってこと?

「ごめんな、いつも邪険にして」と言って、高岩さんは私の頭を撫でてくれた。
いつもの困った顔。でも優しい声。





「本当はにもっと優しくしたいんだけど、ファンがうるさいからさ」

「や、問題ないです。優しくしなくても、大丈夫です」

「大丈夫じゃないだろ?だから泣いてんのに」

「こ、これは夕焼けが綺麗すぎて感動して泣いてただけですから」

「ハハハ、何それ」





嘘で塗り固めた。
高岩さんはそれを笑い飛ばした。
ちょっとだけ、笑えた。
「誰か一人だけを想うって難しいな」高岩さんがそう呟いた。
きょとんとしていると、高岩さんの右手が私の左頬に触れた。
そのまま顎に手をずらしていき、顎を少し上向きに持ち上げられる。
何をされるのかはだいたい予想できたけれど、それはおかしいだろと思った。
高岩さんが私にキスをする?
ありえない。
そんなことを思っている間に、唇には温かく柔らかい感触。

「引退するまで待ってて」私の目をまっすぐ見て、高岩さんが言った。
呆然としている間に、高岩さんは校内へ戻っていく。
「気をつけて帰れよー」と私に声を掛けてくれた。
私はまだ、何が起きたのかわからず道路に突っ立っていた。
ー、早く帰れよー」と再び声を掛けられて、私は歩みを進めた。

今度は何も無い場所で転んだ。
掌を大きく広げてアスファルトに打ち付ける。
膝はすりむかない。





高岩さんが困った顔をするのは、私に優しくしたくてしょうがないから。

わかった瞬間、嬉しすぎて一人で笑った。









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高岩さんが軽くあしらわれる話を書こうと思ったのですが、
逆のシチュエーションに変更するつもりが、逸れた。
後輩から高岩さんが想われる話もレアなので書いてみました。
パイの実、久々に食べたいなぁ。

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