[ そのキョリを埋める ]





いつも通り出勤してメールチェックをしていた。
珍しくフラグの立った重要メールが届いていて、開いて読んで驚いた。
新事業部の立ち上げに関わって欲しいという、異動の指令。
しかも、場所は神戸。兵庫県だから関西地方。
左遷かと思ったけれど、そうじゃない。
神戸で一人暮らし、真っ先に頭の中を過ぎったのはそのこと。
次に過ぎったのは覚司くんのこと。
遠距離恋愛?私にできるのか?

直接上司に話を聞いた。
この話は確定事項。覆ることはないと。
私は、関西の寮で一人暮らし。
夢のような話だ。
夢みたいに嬉しい、じゃなくて、現実離れしているということ。

家族に話せば「準備が必要」と言われ、身辺整理を勧められる。
覚司くんにはどう伝えればいいのだろう。
伝えられずに数日が過ぎた。


神様、私に勇気をください。
バレンタインデーにチョコをあげる勇気ではなくて、異動を伝える勇気を。


そもそも、異動を伝えるのに勇気はいるのか?
いらないだろう。
私が欲しいものは、異動を伝えた後に、「別れよう」と言う勇気。
これは、きっと別れなさいっていう神様の暗示なんだ。
高校生を、未成年を振り回しちゃダメだって。
傍にいて欲しいと思っても、距離が隔てになって願いは叶わない。
物理的な距離に嫉妬する。
空間は同じ、繋がっているのに、同じ空気を吸っているのに、見えない、触れられない。

もう限界なのかもね。

午後9時。携帯電話を手にした。
ねぇ、私が異動になったことを伝えたら、最初に何って言うのかな。
早く教えてよ。





『はい、覚司です。さん???』

「こんばんは、今いい?」

『もちろんですよ。どうしました?』

「あのね、私・・・・・・」





異動になって4月から神戸で働くことを伝えたら、「え?」と発して覚司くんは何も言わなくなった。
沈黙の通話時間が続く。
やっぱりダメなんだ。もう限界なんだ。社会人と高校生が付き合うのは無理なんだ。
どんなに好きでも、傍にいなきゃダメなんだ。





「だから、別れましょ。きっと、離れたら続かない」

『ちょ、っと、え!!!さん、それは話が飛びすぎじゃないっスか?』

「全然飛んでないよ。私は覚司くんが大好きだよ。
 でもきっと離れていたら、ずっともどかしい気持ちを抱えなきゃなんない」

『だったら遠距離でもなんでも、大丈夫でしょう???』





覚司くんの慌てっぷりに軽く笑ってしまった。
こんなに想われているんだな、と。
こんなに幸せなことはないけれど、傍にいてくれる年の近い人を見つけたほうが彼のためになると思う。
そう信じていた。
『絶対嫌です。別れるなんて言語道断』と言いながら走っている様子の覚司くん。
家にいないんだ。そう思ったのも束の間、『今すぐ出てきてくださいよ』と覚司くんが言う。
驚いて、私は家から飛び出した。
ジャケットは羽織ってない。2月の空気の冷たさが身にしみる。
家の前には覚司くんが立っていた。
部活だったのだろうか。ジャージのまま、頭にヘアバンドをしたまま、立っていた。
目はまっすぐこちらを向いていて、とても冷たい視線を送っていた。
怖い。
初めて覚司くんの試合を見たときのことを思い出す。
真剣な顔つきが、いつもの覚司くんとは別人のようで、怖かった。





「遠距離が続かないっていう噂は知ってます。けど、別れる必要はないでしょ?」

「続かないよ、きっと。なら、今のうちに別れた方がいい。
 覚司くんには、もっと年の近い、いい子を見つけて幸せになってもらいたい」

「どうやったら、そういうさんみたいな思考回路になるんですかね」

「バカだもの、しょうがないよ」





どうしてこんなことしか言えないのだろう。
大好きな人と一緒にいるのに、笑顔になれない。
近いようで遠い、この2メートル。
言葉を探しても見つからない。
ガチガチ、歯がぶつかりあう音が聞こえる。
寒いんだ。
ジャケットも羽織らず飛び出した真冬の屋外は、手もかじかむし身体も震える。
でも、動けない。
ジャケットを取りに行くと言えなかった。

ざっ、とアスファルトの上に散っていた小石がこすれる音がした。
視界が暗くなって、顔が壁にぶつかったように塞がれる。
頭上から声が聞こえる、覚司くんの声。
強く、痛いくらいに私は抱きしめられている。


「絶対、嫌です。ずっと好きだった人と一緒にいられるようになって、俺、幸せだったのに。
 嫌いになったわけでもないのに別れようなんて、受け入れられない」

そうだ、思い出した。覚司くんはずっと私のことを見ていたんだ。

「好きな人がいるのに、他の人を好きな人以上に好きになる方法なんてしらないっス、俺は」

私にだってわからないよ、そんな方法。
好きな人がいるのに、離れ離れ。そんな辛い生活、送りたくないよ。





「わ、わたしだって、覚司くんとは別れたくないよ」

「だったら、どうして・・・」

「もうわかんない!なんでこんなに好きなの!」

「いや、ちょっと、それ、さん。めちゃくちゃ嬉しいです」





私を抱きしめる力が弱まった。
顔をあげて覚司くんの表情を確認する。
口を横にいっぱい広げて笑っている。
ほっとする。
心も身体も温まる。





「遠距離恋愛してみて、続かなければ、それは仕方がないと思うんです。
 だから、それまで、できる限りのことはやりませんか?
 お互いこんなに好きなのに、別れるなんてムリな話っス」

「そうだね」

「だから、別れようなんてもう二度と言わないでくださいよ」

「・・・はい」





二度と、言うことはないのだろうか。
なんだかプロポーズされたみたいだなと思いつつ、私は頷いた。
ジャージ姿の覚司くんは慌てて学校へ戻って、荷物を引き上げて家に帰った。
夜遅くまでミーティングするなんて、本当に真剣なんだなと思った。
私も、4月からはさらに真剣に事業部の立ち上げに関わろう。
不安でいっぱいだけれど、少し頑張れそうな気がした。









**************************************************

むー、シリアスになってしまいました。
最近このシリーズ書いてなかったので、久々に。
そしたらこんなネタが降ってきて。笑
先輩が「結婚するって言ったら希望の勤務地になれる」って教えてくれたけど、
嘘はつけないや。
で、このシリーズを完結させようと思って、納得いく話も書けたし・・・
でも自分が社会人になったらもっと書けそうな気がしたので、保留。


inserted by FC2 system