いつも背中ばかり見ていた。
真正面から向き合えないのかな。
追いつくことはできないのかな。





      [ や か ん か ら 水 が あ ふ れ た ]





幼馴染だから小さい頃から互いに知っている。
だから余計やっかいなんだ。
どんなに好きになっても、幼馴染の友情以上にはなれないんだ。
覚司の背中を追いかけて、追いかけて。
でも、追いつけなくて、追い越せなくて、ただ背中を見つめるだけ。
バスケットに一生懸命な覚司へ、この想いを伝えられないよ。
邪魔なものは、私のこの気持ち。
憂鬱なのは、毎日覚司の姿を見てしまうということ。
なんで、バスケ部のマネージャーなんかになったのだろう。
なるんじゃなかった。
あと8ヶ月で終わるけれど、その8ヶ月が苦痛だ。
みんなの笑顔を守るために、それだけのために頑張れるだろうか。

体育館の側の水道から、やかんに水を注ぐ。
ジャーという音と共に、水が勢いよく蛇口から飛び出してきた。
水になれたらいいのに、やかんになれたらいいのに、蛇口になれたらいいのに。
そうすれば、伝えられないこんな想いに苦労することなんてないのに。
蛇口と覚司が付き合うなんてことはありえないから、そのほうが気持ちは楽になれるのにな。
私は人間だから、覚司と付き合う可能性を持っている。それが辛い。

心が疲れたら涙が出る。
目にたまった涙を流すまいとして、私は空を見上げた。
嫌味なくらい空は青い。
息を吐いたら、白かった。
今日は寒い。

人の気配に気づく余裕もなくて。
声を掛けられて訪れ人の存在に気づく。
真っ白なタオルを首から掛けた覚司は、部活の後だから頬が赤くなっていた。





「どうした?最近なんか変だろ、

「へ?へ、変って何が?」

「疲れてるんじゃないのか?っつーか、今にも泣きそう。大丈夫か?」

「そ、そりゃあ部活の後だもん。ちょっとは疲れてるよ」





これ以上話していたら涙がこぼれてしまう。
「あなたのことを考えていて涙が出ました」なんて言えません。
お願いだから、もう私に関わらないで。
これ以上、好きという気持ちを大きくさせないで。忘れさせて。

思考回路は止まらない。暴走を続ける。
ついに短絡してしまった。短絡したらどうなる?
涙がこぼれてしまった。
頬を冷たいものが伝っていく。
温かいものが涙の進路を阻んだ。
覚司の指が、私の頬に触れている。





「大丈夫じゃないじゃん。辛いことがあるなら俺に話せよ」

「・・・・・・」

「いつでも話なら聞いてやるからさ。
 俺にとっては大切な存在だから、俺はの力になりたいから」





うん、恋心を抱く抱かないに関わらず、覚司は私にとっても大切な存在。
友達じゃなくて、家族のような、兄弟のような存在。
水道の蛇口からは水が流れ出たまま。
やかんの口から水が溢れ出す。
私の涙も止まらない。

覚司の腕がそっと私の身体にまわされた。
「なんでこうなるかなぁ」という覚司の呟きが聞こえる。
何に対して?私の行動に対して?
覚司の顔を見れば、覚司は青い空を見上げていた。
私の視線に気づいてこちらを見る。
うるんで赤くなった目の私は、非常に不細工だろう。
瞬きをすれば、また涙がこぼれた。
ぐっと覚司の胸に引き寄せられて、強く抱きしめられた。
耳元でささやかれた言葉は、真実なのだろうか?





「あーもういいから早く泣き止んで。泣いてる顔も悪くないけど、は笑顔がイチバンだから」

「しょうがないじゃんっ。涙止まんないんだもん」

「俺が泣かせたみたいだろ!・・・もう俺の気持ちに気づいてよ」

「口で言わなきゃわかんないよ。覚司の気持ちって何っ!!」

「どれだけ視線を送ったら気づく?どれだけ笑顔を送ったら気づく?
 昔からわかってたけど、の鈍感さがネックなんだよなぁ・・・。
 俺はずっと前からが好きなわけ。なぁ、気づいてた?」





さらに強まる覚司の腕の力。
覚司の胸板に顔を強く押し付ける。
心臓の鼓動が聞こえそうだ。
息が止まって死にそうだ。
嬉しいのか、苦しいのか、何なのかさっぱりわからないこの気持ち。
吐き出せずに私はただもがいていた、覚司の腕の中で。

覚司の顔が私の肩に載せられた。
こんなに近い距離にいるのに、私は言葉も発せず、何もできず。
ぶらぶらさせていた腕をどうするべきか考えることもできなかった。
はっと気づいて覚司の背中に腕をまわしたけれど、「高岩!!」という呼び声によって解いてしまった。
覚司も慌てて私と離れる。
「ごめん、またあとで」と言い残して、覚司は成瀬君の元へ駆けていった。
水道を見ると、まだやかんから水があふれていた。
水は流れたまま。私の涙はもう止まった。

あぁ、そうだ。
覚司に好きって言えなかった。
笑顔で伝えなくちゃ。
やかんを手に提げ、私は給湯室に向かった。









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周りが気づいても、自分自身が気づかないこともある。
そういうふたりかも。
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