[ last train ]















全力で走ったのに、無残にも駅から電車は発車してしまった。
がっくりと肩を落とす。
終電を逃した。
家には帰れない。
会社に戻ろうにも、駅から会社へのバスももうない。
タクシーを使うのももったいない。
明日は休みだ。
マンガ喫茶で時間をつぶそうか。
あまりにもお腹が空いたので、近くのコンビニに入った。
何を食べようか迷っていると、ポケットに入れた携帯電話が振動する。
この振動はメールの受信。
ディスプレイに光る文字は、「高岩覚司」
覚司くんだ。





「明日休みなんでどこか行きませんかー?」
嬉しいお誘いのメール。
返事を書いているうちに、その明日という日になってしまった。





おにぎりとお茶を買ってコンビニを出た。
携帯に電話がかかってきた。
慌てて飛び出ると、声の主は優しい声で話しかけてくれるのだ。










『こんばんはー。さんが終電逃がすなんて珍しいですね』





「さーとーるーくんー、そうなの、会社出る直前に上司に捕まって、ロスしちゃったのー」





『これからどうするんスか?マン喫とかカラオケとか?』





「あ、カラオケって手もあったね。ひとりカラオケ行っちゃおうかなー」





「それなら付き合いますよ」










覚司くんの声が妙な場所から聞こえた。
振り返ると、覚司くんがいるものだから驚いて叫んでしまった。
もちろん制服なんて着ていなくて、普段の格好だった。
どうしてこんなところにいるのだろう。
日付が変わるような時間に外出していていいのだろうか。
疑問はたくさんある。
質問する前に、覚司くんは全部答えてくれる。
「この近所に住んでる友達の家に泊まっていたんです」「だから飛び出してきました」
納得。
私のためにわざわざ出てきてくれたのは嬉しい。





手を繋いで深夜の道を歩く。
飲み会帰りのサラリーマンがたくさんいる。
車はほとんど通らない。
カラオケBOXについてしまえば、あとは個室で歌いまくるだけ。
わりと音楽の趣味が合うから、気ままに歌えるのはありがたい。
終始笑いが絶えない個室だった。





朝日をあびながら始発の電車に乗る。
覚司くんは友達の家に戻った。
私は家に帰る。
さぁ、一眠りしよう。
昼からは本番のデートが待っている。





今日はどこに行こうか。
どこに連れて行ってくれる?
またふたりの世界が積みあがっていく。
それが嬉しくて仕方がなかった。
ニヤニヤしていると、向かいに座っているスーツ姿のおじさんが得体の知れないものを見るかのような視線を送ってきた。
それも当然だ。
始発の電車でニヤニヤ笑うスーツ姿の女。気味悪いに決まっている。
口元をタオルで隠した。
朝日が笑っていた。









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音楽の趣味が合わないと、カラオケで苦労するという話を聞いたので。
カラオケには行かない私ですが、音楽の趣味の時点で苦労してるからなんとなくわかるかも。

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