[ 脇 役 バ ン ザ イ ]















急に部活がなくなった。
宿題が大量に出されたから、それを消化しようと思い俺は早々に帰宅しようと電車に揺られていた。
車窓越しの世界は、まるでおとぎばなしの世界のようにセピア色がかって見える。
その中で、カラーに映るのはさん。
電車が止まった駅のホーム。反対側のホームのベンチに腰掛けている。
視点が定まっていない。
どこか、遠くを見ている。





俺は慌てて電車から飛び降りようとしたけれど、間に合わなかった。
次の駅で降りて、来た道のりを逆に進んだ。
まだ、さんはベンチに腰掛けていた。
俺が来たことにも気づかず、遠くを眺めていた。
何を、しているのだろう。
何を、思うのだろう。










さん?」





「え?・・・覚司くん?」





「こんなところでなーにしてるんスか?」










仕事で他の企業へ行っていたさんは、「知り合いもいない街だから、誰にもつかまらずぼーっとしてたの」と言った。
疲れてるのだろう。
俺は、「じゃあ、知り合いいないから散歩しますか?」と誘ってみる。
さえない表情だったさんだけれど、誘うと小さく微笑んでくれた。
お互い、電車の定期の範囲内の駅だから、改札を通るのに問題はない。





知らない街。さんとふたりきり。
そっとさんの手を握る。
少し、握り返してくれたような気がした。
ピンク色の車が止まっている。
女の人がたかるそれは、クレープ屋さん。
さんが「あ」と小さく声を上げる。
「行きましょうよ」と声を掛けて、俺はさんの手を引いて車に近づく。
メニューを見てクレープを選ぶさんは、さっきまでさえない表情をしていたとは思えないくらい生き生きしている。
チョコバナナのクレープを渡されて、さんは笑顔で「ありがとう」と言っていた。





「はい、食べなよ」そう言って、さんは俺に一口クレープをくれる。
バナナとチョコの相性はいい。
ねぇ、俺とさんも、そんな関係になれた?










さんさー、疲れてません?」





「うん、疲れてる。わかっちゃうよね、それじゃダメなんだけど」





「仕事の悩みとか、ですか?」





「かなぁ、自分のことだけど、よくわかんないのよねー」










公園のベンチに並んで腰掛けた。
自動販売機で買ったアイスコーヒーは冷たい。
毎日、起きて朝ごはんを食べて仕事に出かけて、働いて昼ごはんを食べて、働いて帰宅して晩ごはんを食べて、風呂に入って寝る。
それの繰り返し。微妙に違っても、同じように感じる。
サイクルは欲しくない。毎日が、新鮮であって欲しい。
そう思うのは、悪いことじゃない。
俺だって、毎日授業を受けて部活に励んで寝て、また明日がやってくるのは退屈だ。
少しでも、新鮮なことがあれば明日が楽しみになる。





そうだ、そこに足りないのは脇役だ。
毎日の繰り返し、さんが語ったそこには、さんしか登場していない。
俺の考えた毎日にも、俺しか登場していない。
俺が、そこにいたら少しは変わらないかな?
退屈な毎日が、少しは新鮮に見えないかな?










「あのっ、今日っていう日は退屈じゃないっスよね?」





「え?うーん・・・」





「今、楽しくないですか?俺といても疲れますか?」





「ううん、ううん、そんなことはない。覚司くんに今日会えたことは、すっごく嬉しいよ」





「多分、毎日朝起きて仕事行ってーっていう話の中にはさんしかいないからなんですよ。
 そこに、ちょっと違う人を出してみたらいい話になったりすんじゃないスかねー、って思ってみた」










目を丸くするさん。
少ししてから、微笑んでくれた。
「そこに、覚司くんがいればいい話になるってことね」と。
ごめんね、とさんは俺に謝った。
疲れているのはお互い様だ。
少しでもさんの力になりたい、そう願うのは当然のこと。
毎日会わなくても、週末に会えなくても、疲れていてメールも電話もできなくても。
きっと、遠くで想っていることは伝わるから。
返してくれなくてもいいから、受け止めて欲しい。









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なんかさ、ほら、やっぱり見えなくなることってある。
傍にいるのに存在に気づかなかったり、気づかないふりをしたり。
遠くにいるからこそ、大切な存在ってありません?
そういう、見えない繋がりって好きだなぁ。
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