[ い つ も ど お り ]





いつもどおり、朝起きてトイレに行って、洗面所で顔を洗って、髪をといて、食パンをトースターで焼いて、
ミルクを温めてココアの粉末の入ったマグカップに注いで、焼きあがった食パンにバターをぬって食べて、
デザートのりんごを食べて、肌荒れが気になるからビタミン剤を飲んで、歯を磨いて、着替えた。





日常。





そして気づくのだ。
部屋に戻って本棚の横にかけてあるカレンダー。
今日の日付のところに文字が刻まれている。
『デート 8:30 横浜駅
 遅れるべからず☆』





唖然とした。開いた口がふさがらないとはこのことだ。
すっかり忘れていたのだ、覚司とデートする約束をしていたことを。
約束をしたのも、カレンダーに書いたのも、1ヶ月以上前のこと。
そして、1ヶ月以内に約束して、すでに終えてしまったデートもある。
慌てて覚司にメールを送ったけれど、返事はこない。
電話をしてみた。
予想通り「ただいま、電波の届かないところに・・・」という女性のアナウンスが聞こえた。
どこか地下街でもうろついているのだろう。
いつも、私が遅刻しても覚司は電話もメールもしてこないのだ。ずっと待ってるの。





現在時刻は9時。
20分で横浜駅までいけるけれど、身支度は何もしていない。
学校に行くだけなら、制服を着るだけだからすぐに出られる。
デートは違う。制服はない。
何も考えていなかった私は、タンスをひっくり返す。
何を着ようか。迷って迷って、引っ張り出したプリーツスカートに合わせて上に着るものを考えた。
普段からメイクはしない。覚司には悪いと思いつつ、リップグロスだけきれいにぬった。
玄関でジャケットを羽織って、ブーツを履く。
携帯持った、リップクリーム持った、財布持った。それだけ確認して家を飛び出した。
大慌てで飛び出していった私を見て、ほうきを持った母親が外できょとんとしていると思う。





駅まで走った。
電車に乗った。
電車から降りて駅の改札を駆け抜ける。
首を横に振ってきょろきょろする。
覚司はどこだ?どこだ?
しばらくして、肩をたたかれた。
振り返ると、覚司が呆れた顔をしていた。










「遅刻してきたと思ったら、寝坊?準備に手間取った?めかしこんでるようには見えないんだけど」





「あ、ごめん、えっと、その・・・」





「忘れてた?」





「うん」





「やっぱ1ヶ月も前に約束するんじゃなかったな」










自分の髪の毛をわしゃわしゃとかく覚司。
今の時刻は午前9時半。1時間の遅刻だ。
「埋め合わせはするから」と言ったけれど、「にしてもらう必要なんてないよ」と断られた。
落ち込んでしゅんとしていると、覚司は私の頭をポンと軽くたたく。
そして、私の手を引いていく。
目的地は映画館。
今日公開される映画を見に行く約束をしていた。1ヶ月も前に。
すっかり忘れていた。
テストで忙しかったからだ。うん、全部テストのせいだ。





次の映画は11時からの上映。
それまで何をしようか。
手を繋いでふらふら歩いていると、ファーストフード店が目に入る。
私は覚司の手を引いて店へ駆け込んだ。
真冬だから寒いのは当然だ。
勢いよくホットコーヒー2つとポテトを注文する。
カウンターにいるお姉さんは笑って「ありがとうございます、お会計480円でございます」と言うのだ。
バックの中から財布を取り出して小銭をあさる。
すると、覚司がいつの間にか千円札をお姉さんに差し出していた。
ちょうど半分、240円分の小銭を取り出して覚司の手に収める。
いつも覚司は、私が払った半分のお金を返そうとするのだ。
それが嫌。
おごってもらうためにデートに行くわけじゃない。おごってもらうために覚司のことを好きになったんじゃない。





ポテトをつまみながら時間が経つのを待つ。
久しぶりのデートでもないから、特にこれといって話さなければいけないこともない。
だから、2人きりの時間を満喫できる。
話さなくても、2人でいることに意味があるから。
少し話すと覚司は笑顔を見せてくれて、覚司が話すと私は笑顔になれる。
笑顔が魔法の薬になって、少しは1時間も待ちぼうけた覚司の心を癒せたかな?










「ごめんね、1時間も待たせちゃって、さらに映画始まるまで待たせることになっちゃって」





「いいよ、そんなこと」





「そんなことじゃないよ。覚司の時間を奪ってるんだよ」





のためなら、俺の時間どれだけ使ってもいいよ」










真顔で言われると恥ずかしい。
けれど、嬉しい。
下を向いて笑っていると、隣にいる覚司の腕が私の身体にまわされ、身体を引き寄せられる。
隣を向いた。
私の唇と、覚司の唇が重なる。
私と覚司以外、誰もいない客席。
もう一度、唇を重ねた。





のためなら、なんだってできる。どうして、こんなに好きになったんだろ。
 苦しくて苦しくて、しかたないんだけど」





そう言うと、覚司は私を強く抱きしめる。
私も覚司を強く抱きしめる。





「私も大好きだよ。だから苦しいのは一緒。心配しなくても大丈夫」





小さく「うん」と聞こえた。
ずっと気張ってたのだと思う。
その後見た覚司の表情は、いつも通りだった。









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けっこう軽いノリの話にするつもりでしたが、違いますね、コレ。
友達の元カレは、いつもおごってくれるそうなので、
帰るときにお札を手に握らせたそうです。そうでもしないと受け取ってくれないと。

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