[ シ ュ ガ ー タ イ ム ]















見上げた空は青くて、飛行機雲が広いキャンバスに絵を描いていく。
深呼吸したら、今日の空気はおいしいなと感じた。
学校の運動場。少し、100メートル走のタイムが良くなった。
次に走る番まで身体をほぐす。
背伸びをしていると、スーツ姿のさんが見えた。
フェンスの向こう、のんびり歩いていた。





授業中に大声は出せない。
先生や周りの連中のスキを見て、トイレに行くふりでごまかしながら学校の外へ飛び出した。
走ってさんを追いかける。
さーん」と名前を呼べば、立ち止まって振り返ってくれる。
さんの笑顔を見ると、元気になれる。
さんがふんわり笑うと、周りの空気の色が、重さが、変わるんだ。
それが、すごく好きだ。
好きで、好きで、好きで、どうしたらいい?この気持ち。





「おはよう、覚司くん」その声に釘付け、言葉が出ない。
何か言わなくちゃと頭の中は動いているのに、言葉の引き出しの中にはどれもいい言葉が入っていない。
「体育?何やってるの?」俺のジャージ姿を見て、さんは尋ねる。
「ひゃ、ひゃく、めーとる、そう、ですね」言葉がちぎれる。
おかしな俺を見て、さんは苦笑した。
それで、少しだけ落ち着いた。










さんは今から仕事ですか?」





「えぇ、病院行くから遅刻するってね」





「どこか具合悪い・・・?」





「アレルギーの鼻炎。季節の変わり目はひどくって」











もう秋になったんだ。
夏が終わった。先輩達は引退し、俺はキャプテンになった。
初めてみる世界に戸惑って、苦しんで、悩んで、答えは見つからず。
少しでいいから休みたい。
大好きなバスケットのことも考えずに、ただ自分のことだけ考えて。
「どうしたの。覚司くん、最近元気ないじゃない?」そんな言葉を掛けてもらえるだけ幸せだ。
こんな自分のことを思ってくれて。










「秋だから、人肌恋しいんですよ、きっと」





「秋だから?」





「そうっス。さんのアレルギーと一緒です。秋だから・・・みたいな」










くすくす笑うさん。
俺も、つられて笑うんだ。
あぁそうだ、秋だから人肌恋しいんだ。
足を踏み出す。腕を伸ばす。
ぎゅっとさんの身体を抱きしめた。
香水だろうか。ふんわりとした優しい匂いがした。





「なんか、落ち着いた」と呟けば、さんの手が俺の身体に回される。
ゆっくりと動いた手は、俺の頭をなでていた。
「疲れたらゆっくり休まなくちゃいけないよ。いつでもおいで、こうしてあげるから」
さんの言葉に涙がこぼれそうになる。
「でも、今から仕事だから、ごめんね」そう言って、さんは俺の身体を押し返した。





満足できた。ただ、さんに触れたかっただけだ。
でも、もうひとつだけ、俺のわがままを聞いてください。
さん」と声を掛けた。
「ん?」と声を出すさん。
「いってらっしゃい」と言いながら、さんに顔を近づけた。
ほんとうに短い時間、触れるだけのキス。
もっと触れていたいと思い、名残惜しみながら唇を離した。
さんは笑顔で「いってきます」と言い、アスファルトの上を歩いていった。









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初めてキスしました、みたいな。
秋になって後輩がぜんそくで苦しんでたときに、先輩が
「秋だからね」と言ってたのと、友達が「人肌恋しい」と
言ってたのを参考に。
実は全然違う話を書いてたけど気に入らなくて、書き直してよかったや。
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