[ p a i n ]





学生という身分だと経済的にもできることは限られているし。
俺が恋人という位置づけにあっても、さんにメリットはないんじゃないかとか。
そういうネガティブな考えしか生まれてこなかった。
俺はさんが好きだ。すごく、すごく好きだ。だから付き合って欲しいと言った。
6つも年が離れている。そんなこと、どんどん年を重ねていけば気にならなくなる。
けれど、今の時点で高校生と社会人では何もかもが違いすぎる。

さんは、俺の隣でずっと笑っていてくれるかな。

考えは全くまとまらない。
けれど、勇気を出して携帯に手を伸ばす。
メモリダイヤルからさんを呼び出してコールする。
平日の夜10時。電話に出られる時間帯だろうか。
もしかしたら、会社でまた徹夜の大仕事をしているかもしれない。
しばらく待ったが出る気配が感じられなかったので、俺は電話を切ろうとした。
突然、呼び出しコール音が途切れて女の人の声が聞こえた。





「もしもし、覚司くん?」

「あ、もしもし、俺です。さん、今、お時間大丈夫ですか?」

「オッケオッケ、問題ないよー。晩ご飯食べ終わって新聞読んでたの」





元気そうなさんの声が聞こえた。それだけで嬉しくなる。
突然、日曜日の部活が自主練習になったから、自主練イコール休みという俺の思考回路が働いて、
ぜひとも日曜日に初デートに行きたいなと思ったのだ。
さんは快くデートの誘いを受けてくれた。

安心する。
拒絶されるのではないかと思ったから。
大きく息を吐いて、俺はベッドに伏せた。
こんなにエネルギーを消費したのは、久しぶりだ。
部活の練習よりも、短時間で膨大なエネルギーが消費された。





デートのプランなんて全くない。
土日しか休みがない、土日ですら出勤することのあるさんの行きたいところにいけばいいと思っていた。
ふたりでいられる時間を楽しむことができれば、それでいいんだ。
もちろん、それをさんが望んでいるかどうかなんでわからないけれど。

待ち合わせ場所の駅前で、壁にもたれかかりさんが来るのを待った。
上を見上げても天井しか見えない。
俺は目を閉じた。
真っ暗な世界が広がる。
しばらくして、すっと白い光が射した。
声が聞こえた。
「覚司くん?」とふんわり優しい声で俺の名を呼ぶ。
目を開けば、まぶしい昼の世界の光と共に、さんの笑顔が見えた。

鮮やかなオレンジとイエローのグラデーションが目を惹くスカート。
ひらひらと、ロングスカートのすそがゆらめく。
さんがキラキラと輝いて見えた。
なんだか、いつも見るさんと様子が違う。
デート、だから?
浮かんだ疑問を素直にぶつけてみる。





「なんか、いつもと雰囲気違うっスね」

「え、あ、スカートだから?デートってことで、普段着ないスカート出してみましたー」

「キラキラしてます、さんが」

「キラキラ?光ってるって?ありがとー、なんだか嬉しいよ」





本当にキラキラしている。
キラキラ輝いているさんを見ていると、少し幸せになれた。
さんは「私、タワレコ行きたいんだけど、ダメかな?」と控えめに尋ねてきた。
俺は「行きましょう!」とさんを手を引いて、黄色と赤が目を惹くタワーレコードを目指した。
日曜日の繁華街、人が多いのは当たり前。
手を繋げば、はぐれることはない。
初めてのデート。初めて手を繋いだ。
たいしたことではないかもしれない。けれど、俺にとっては大事なことだった。
ずっと好きだった人と付き合うことができて、手を繋いでデートに行けるのだから。

タワーレコードの中も人がたくさんいるのは当たり前で。
さんはお目当てのCDがいくつかあるらしく、棚の中からCDを探していた。
それは俺の知らないアーティストで、「私、大好きなんだー、このアーティスト」と嬉しそうに言いながら、
さんはCDを眺めていた。
さんがレジへ並んでいる間、俺はそばにあった視聴機を眺めていた。
最近買った俺のお気に入りのバンドのアルバムがそこに収められていた。
いつも聴いているけれど、聴きたくなってヘッドホンに手を伸ばした。

「お待たせー」とさんは言って、俺の隣に立った。
さんは視聴機に目をやって、アーティストを確認しているようだった。
そして、笑顔で、少し大きな声で、俺に言うんだ。
「私も、このバンド大好きなのっ!」
俺は耳を疑った。そんなにメジャーじゃないから、知っている人は少ない。
ヘッドホンを戻して、尋ね返す。





「本当っスか?俺も大好きなんです!この前アルバム買ったから、ずっと聴いてますよ」

「私も買ったよー!会社行くときと家にいるときは、ずーっと聴いてる。元気になれるんだよね、聴いてると」

「俺もです。落ち込んでも元気になれるっス」





俺とさんは意気投合する。
ふと思い出したことは、さんが好きな食べ物も、好きなアーティストも、好きなことも、
俺は全く知らないということ。
ただ、さんに一目惚れしただけだったから、さんのことをよくは知っていない。
けれど、吸い込まれるかのように好きになって、抜け出せなくなった。
もっと、知りたい。
もっと、触れたい。

どんどん深みにはまっていく。
さんと別れてひとり電車に乗っているときの胸の苦しさときたら、どうしようもないくらいに痛い。
耳に流れるメロディーは、俺とさんを繋いでくれる。
身体は元気になれるかもしれないけれど、このメロディーを聴けば聴くほど、胸の痛みは大きくなった。
どうしようもないくらい好きなんだと、痛感した。
さんが、好きで、好きで、好きで、

好きで、どうしようもないくらい、苦しいんだ。









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うーれしはずかし、初デートのお話を書くつもりで、
なんかシリアスになってません?え?なんで?どして?

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