[ ビターチョコレート ]





手当たりしだいかわいい女の子には声を掛けてきたけれど、もう止めようかなと思うくらい強烈な女の子がいた。
女の子はみんなかわいい、なんて思っていた俺には衝撃的。
自信喪失。友達は「やっとナンパやめたんだな」と満足そうな笑顔。
俺の第一印象が悪いせいで、話しかけようとすると”話しかけるなオーラ”が漂ってきて身動きできなくなる。
参った参った、俺の友達には笑顔で応対するのに、俺には応対すらしてくれない。
ついにでてきた、ラストボス。しかも俺の超苦手な属性。
俺の攻撃を吸収して体力回復してしまうから、倒しようがない。
俺が倒されてゲームオーバー、セーブしたところからやりなおしだ。
あぁ、早く席替えしてくれないかな。
隣にさんがいると、窮屈で仕方がない。
顔はかわいいし、笑顔もたまらなくかわいらしい。
けれど、俺にだけはずっと冷たい。
いや、俺の存在そのものが、さんの中にないんだ。
だから、これだけ冷たい応対ができるんだ。じゃなきゃ説明のしようがない。





転入生に興味を示すのは普通だ。
だから声をかけたのに、その掛け方がさんには気に入らなかったみたいで。
これから卒業するまで同じクラスで2年間過ごさなくちゃいけないのに、先が思いやられる。
どうも苦手だ。波長がまるで合わない。打ち消しあっている。
ため息をつくと、隣でさんが笑ったような気がした。
「原因はアンタなんだよ」と言ってやりたかったけれど、余計みじめになるだけなので止めておいた。
どうしてこうなってしまったんだろうな。

ただ、仲良くなりたいだけなのにな。

それがどれだけ空回りしているのだろう。
これじゃあ空回りどころか、逆回転、もしくは歯車の回転が破壊に繋がっている。
どうすればいい、どうすればいい?誰か、答えを教えてくれよ!
叫んだって、誰も助けてはくれないけれど。





ついに運命の日はやってきた。
いずれ回ってくるのはわかっていたけれど、まだゴールデンウィークが終わったばかりの5月15日。
Xデーだ。
黒板の右端、日付の下に書かれた二人の名前。「高岩」と「」があらわすものは日直以外にない。
俺は朝からモチベーションが下がってどうしようもなくなった。
相変わらず、さんは俺の隣で『人生ほどつまらないものはない』という表情を見せていた。
休み時間になれば互いに無言のまま、黒板の先生が書いた文字を消した。
日誌は職員室まで取りに行ってくれたさんが、書いてくれていた。
俺の隣の席で、女の子とにこやかに話しながら書いている。

女王様に逆らう術など持っていないよ。
早く、今日という日が終わって欲しい。
圧迫されているようで苦しくて仕方がない。

やっと解放されるんだ、そう思うと嬉しくて涙が出てくる。
6時間目、最後の授業が終わった。
ホームルームの後の掃除が始まり、俺の班は教室掃除が当番。
教室の後ろの用具箱からほうきをとりだして、俺は教室をきれいにする。
教壇を動かして埃をとりのぞいていると、校内放送が流れる。
しかも、俺を呼び出す先輩の声。『至急』と強い声で言われたら、掃除を放り出してでも行かざるを得ない。
他の班員の顔を見る。皆、「行っていいよ」と声をそろえてくれた。
最後の一人の顔を見る。できれば見たくなかったのだけれど、一応班員だから確認する。
意外にも、さんは「早く行きなよ。怒られるのは高岩くんでしょ?」と柔らかい声で俺を押し出してくれた。
びっくりして、しばらく動けなかった。
班員の男に頭を軽く叩かれるまで、俺はさんを見つめていた。

今、奇跡が起きた?
どうなったのか全くわからない。
けれど、さんが俺に向かってあんなに優しい声で話してくれた。
苦いなと思いながらカカオ99%のチョコを食べていて、突然チョコのカカオが減って甘いチョコになったような。
そういう味。
俺は天へ昇るような気持ちで廊下を歩いていた。
背中に背負っていたおもりがなくなって、どこまでも高く飛べそうな感覚。

職員室で先輩と教頭先生が話をしていた。
俺がそっと近づくと、先輩が俺の腕を引いて話の輪に混ぜる。
どうやら、部室設備のことで教頭先生に話があったらしい。
次期キャプテン候補の俺を交えて、話は進んでいった。
ずいぶん話し込んでしまい、時計を見ると俺が呼び出されてから20分が過ぎていた。
大慌てで教室に戻ると電気の消された教室で、さんがひとり黒板をきれいにしていた。
俺の姿を見つけて彼女は「おかえり」と微笑んだ。
また奇跡が起きた?
俺は今見ている光景が信じられずにいる。
あれほど俺のことを冷たくあしらっていたのに、微笑んだり、優しい口調で話したり、信じられないことばかり。
とにかく、何か会話をしなくてはと思い、頭をフル回転させる。
普通に考えればフル回転させなくてもすぐに尋ねられることだけれど、動揺している俺にはすぐに思い浮かばなかった。





「あ、えっと・・・どうしてひとりで黒板きれいにしてる・・・のですか?」

「みんなが高岩くんに黒板をきれいにする仕事を残してたんだけど、きっと高岩くん部活あるだろうし、
 私はもう帰るだけだからやっておこうと思って。 ・・・というか、高岩くんがやり忘れちゃったら困るしね」

「あ、そう」





「うん」と頷くさんがすごくかわいらしかった。
顔を黒板に向けて、また黒板をきれいにしていた。
俺は我に返り、さんの手から黒板消しをとりあげる。
ぽかんとしている彼女を尻目に、俺はいそいで黒板をきれいにする。
半分以上きれいになっていた黒板、残りは俺が責任を持ってきれいにしなくちゃ。
視線が背中に突き刺さるなと思い振り返ると、さんが教壇にもたれかかって俺を見ていた。
「おつかれさま」彼女がそう言ったので、俺は黒板のほうを向きなおす。
端から端まで、黒板はきれいになっていた。
右端に書かれているのは明日の日付と日直の名前。
振り返ると、まだ彼女は俺を見ていた。
そんなふうに見られると、どうしたらよいかわからなくなる。





「じゃあ私帰るね。また明日!」

「お、おう。また明日な」





笑顔でさんはかばんを引っさげ、教室から出て行った。
彼女と話せたことで幸せになれたけれど、正直言って疲れた。
大きく息を吐いて、俺は部活に向かった。
また、冷たくあしらわれるんじゃないかという恐怖心が拭いきれないからだ。





朝日が昇りまた一日が始まる。
朝練を終えた俺が教室に入ると、まだ人は少なく閑散としていた。
自分の席に着くと、もちろん隣にはさんが座っていて、小説を読んでいた。
思いきって声を掛けようとし、口を開きかけたその瞬間、
「おはよう」とさんは俺に笑顔であいさつしてくれた。
「あ、お、おはよう」とワンテンポ遅れた返事になってしまったけれど。
拍子抜けしたんだ。
今までの彼女とは全然違うから。
他の人と同じように俺にも接してくれる。
今まで冷たくあしらわれていたから、何度も見たことある他の人への笑顔と、何度も聞いたことある他の人への優しい声と同じなのに、
俺に向けられているだけで、こんなにも素敵なものに感じるのはなぜだろう。
もう一度、思いきって彼女に質問することにした。
疑問は早期解決すべきだ。





「あのさ、今まで俺に冷たくしてたのはどうして?」

「何の話かしら?」





笑顔で彼女がそう言うものだから、俺はがくっと肩を落とした。
それを見て、彼女はクスクス笑う。





「初めの話しかけ方がナンパしてるみたいでしつこくて、それが気に入らないっていうか、
 私のキライなタイプだったからずっと話しかけるなオーラ出してたんだけどね」

「やっぱり、オーラ出してたんだ・・・」

「でもね、友達と一緒に放課後の体育館に遊びに行ったの、バスケ部専用の。
 そしたら、高岩くんが真剣に頑張っていて、その姿がめちゃくちゃかっこよかったの!
 それで、ちゃんとした人なんだなって思いなおすことにして、普通のお友達になろうって思ってね」

「それで、昨日話してくれたのか・・・」

「そう。だから、ごめんなさい、今まであんな冷たい態度とって」





頭を下げてさんは俺に謝ってくれた。
別に謝ることなんかじゃない。むしろ俺が謝らなくてはならないんだ。
不愉快な思いをさせられて、平気な顔でいろというのは無理だから。
当然のことをしたまでだ、彼女は。





「また、体育館、遊びに行ってもいいかな?私、バスケしてる高岩くん、すっごく好きだよ」

「バスケしている俺限定?」

「うん」





否定しないのが、おもしろい。
苦手だと思っていたけれど、全部俺のせいだから仕方なかったんだ。
俺ががっかりしていると、さんはクスクス笑っていた。
俺もつられて笑っていた。




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アンケートより「苦手なんだけど好きになってしまった」みたいな。
苦手が好きになる過程が難しくて苦労しました。
Xデーは私の友達の誕生日&祖父の命日です。
だから、なんとなくXデーに。
最後の会話が書いてて楽しかった。
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