# 笹 を 片 手 に #





1年も早いものであっという間に半分過ぎてしまった。
今日は7月1日。
7月といえば期末テスト、夏、海、花火、林間学校、そして七夕。
七夕は、織姫と彦星が1年に1度だけ会える日。
ミルキーウェイは今年も見えるだろうか。
きっと、七夕が晴れないのは、2人が1年に1度の再会を2人きりで楽しみたいからなのだろう。
地球上の人類に見られたくないのだ。
私も、覚司と2人きりのところを、誰かに盗撮されるのはいやだし、邪魔されるのも、ね。

暑さに負けて、私は体育館の陰で束の間の休息を取る。
体育館の中から、私の名を呼ぶ大きな声が断続的に発される。
私は知らないふりをして、体内浸透圧と同じ水分をペットボトルから摂り、頭からタオルをかぶっていた。
視界をタオルで遮っても、目の前にはバスケットボールとコートと仲間が見える。
幻覚・・・ではない。それが、目の前にあって当然の生活を送ってきたから無くても見えるのだ。
それを幻覚と言うのかもしれないけれど、見えないはずのものがそこに形無いものとして存在するのだ。
切っても切れない関係と言うのだろうか。
ところが、今度はバスケットボールだけが私の足元に転がってきた感覚をもった。
実際、タオルの下から足元を覗くと、ボールが転がっている。
覚司の、オレンジ色のバスケットボールが。
黒いマジックで、「SATORU」と大きく書かれている。

私はボールが転がってきたであろう方向を見て、少しだけ笑顔を見せた。
満面の笑みができるほど、体力は残っていない。
覚司は、500ミリリットルのペットボトルに私と同じようにアクエリアスを入れてやってきた。
肩から掛けられたタオルは汗を吸って少し重そうに見える。



「サボりですか、さん?」
「そうですね」
「キツイなー、今日の練習は。女バスと合同なんだから、監督も手抜きしてくれたらいいのになぁ」
「柊監督にとったら、女バスなんて見えない存在だよ。普通の練習と同じでしょ?
 私は男バスじゃないから無理だっつの」
「ま、仕方ないか。諦めて付き合わなくちゃな」
「そうだね」



2人でのんびり休憩していたのだけれど、私を捜していた部活仲間に見つかってしまい2人そろって体育館に連れ戻された。
2人だけの世界は、しばらくお預けだ。
開かれた体育館の扉のギャラリーの向こうに、一瞬、笹が見えた。
どうやら近所の小学校の先生が学校に運ぶところだったらしい。
少しだけ、7月の気分を味わえた。
私達の目の前に広がるものは、インターハイという名の壁だけ。

他の仲間も笹を見たらしく、幼稚園の頃、短冊に願い事を書いたあの日々を思い出していた。
あの頃、大きくなったら何になりたかったのだろう。
あの頃、何がほしかったのだろう。
今の私は将来の夢も無く、ただひたすらバスケットボールを追いかけている。
そして、ほしいものはありすぎて、何がほしいのかわからなくなってきた。
お金がほしい、才能がほしい、体力がほしい、視力がほしい、時間がほしい。

・・・・・・愛がほしい。



7月7日。ラッキーセブンがダブルで並ぶ日。
私は、本当に今日が何月何日なのか忘れていた。
ただ、ひたすらバスケットボールを追いかけて、机に向かって板書をノートに写す。
何も知らずに過ごしていた。
誰も、何も知らせてくれなかった。

今日は珍しく練習を軽めにすることになった。
放課後、明日提出の課題をやり終えていないことに憂鬱になりながら、またバスケットボールを追いかける。
隣のコートを見ると、男バスはみっちり練習していた。
例の課題は女バスの仲間が固まってとっている選択授業の課題だ。
だから、課題優先ということで、練習を軽めにしたのだ。男子には関係の無い話なのだろう。
2学期制の学校に、7月の期末テストは無いから部活を休みにする理由も無いのだ。
暑いから休み、なんてことがあるわけない。

私は練習を終えて、すぐに帰宅した。
覚司を待っていても仕方ないし、覚司は私が降りる駅より3つも先の駅から通っているから電車の中でお別れを言うことになる。
家の前まで送るとか、そういうこともないので登下校は一緒ではない。
シャワーをあびて、軽くパンを食べ、私は部屋に篭って課題をやり始める。
前々から出されていた課題ではなく、昨日突然出されたのだ。
だから、2日で調べてレポートを書き上げなければならない。
パソコンに向かい、Googleでひたすら検索。文字列を打ち込む。
時計を見れば、パソコンに向かい始めてから2時間経っていることがわかった。
少し休憩しようと思い、パソコンを離れて薄暗くなった空を見ようとベランダへと出た。

今日は七夕祭りだ。浴衣をきた女の子が急ぎ足で道路を駆けていく。
彼氏でも待っているのだろう。顔が、なんだか嬉しそうだった。
しばらくすると、ヨーヨーを持った子供達が走っていった。
祭りの空間を楽しみたいと思った。
遠くから、母親が私を呼ぶ声がした。
私は「はーい」と返事をして、ベランダから家の中へ身を移した。

母親は、着付けの練習台がほしかったらしく、私の返事を聞かずに浴衣を着せ始めた。
私は着せ替え人形じゃないんだ、と主張したかったが、言っても無駄なので諦めて着付けを眺めていた。
紺色の浴衣を着せられた私は、母親と祖母が着付けのことであーだこーだ言っている間、課題のことを考えていたけれど、
ある程度調べることができて、レポートも半分は書けたので少し安心して休憩をとろうと思った。
私が今まで着ていた服の上の携帯電話のライトが光り、バイブレーションで震えだす。
サブディスプレイにはメール受信の表示。相手は高岩覚司。

「外に来て」
それだけ書かれたメール。
私は、母親に一言断ってからサンダルを履いて家の外へ出る。
門の向こうには覚司が立っていて、片手に小さな笹を持っていた。
覚司は私の格好に驚いて、声も出ないらしい。
落ち着いてから、やっと口を開いた。



「・・・・・や、。何で浴衣なんか着てるの?祭りに行くの?」
「え?着付けの練習台」



覚司は私の浴衣姿が似合ってるとかなんとか言ってくれなかった。
けれど、そんなこと期待してもいなかったので、さらっと事実だけを述べた。
心の中では、きっと私の浴衣姿を喜んでいるのだろうな。



「なんだ、今から祭りにいけるのかと思ったのに」
「え?覚司は行くの?」
なら課題はもう半分以上終わっただろ?一緒に行こうと思って誘いにきたんだ」
「行く!もちろん行きます!ちょっとまってて」



私は急いで祭りに行くことを伝えて、財布と携帯電話を巾着に入れて仕度を整えた。
覚司はロゴのかわいらしいTシャツ姿で、笹を持った変な格好だ。
笹をどうするのか尋ねたけれど、覚司は答えてくれなかった。
2人で駅前への道を歩いて、祭りへ行く人、祭りから帰る人の波を見て楽しんだ。
同じ高校のカップルやグループもたくさん祭りに行っているようで、何度も知っている顔を見かけた。
私は、大好きなフランクフルトを食べて、ヨーヨーを釣った。
覚司はスーパーボールすくいで、50個ボールをすくって商店街の千円分の商品券をもらっていた。
空を見上げた。
少しだけ天の川が見えた。
どうやら織姫さんは七夕祭りに来たいらしい。

商店街の1本裏の通りにある神社。
私達はそこで少し休憩することにした。
カキ氷を食べながら、2人で石段に腰掛ける。
無言でカキ氷を食べていたけれど、覚司は急に笹を私の前に差し出した。



「これ、にあげる」
「笹を?パンダじゃないよ」
「いや、食べるんじゃなくて、短冊に願い事かいて飾ってよ」
「あ、そっか。ありがとう、家に帰ったら何か書いとく」
は何を書く?」



何を書こうか。



「俺はさ、インターハイで優勝できますようにって」
「そんなん、書かなくても優勝できるって」
「まぁ、ちゃんと練習してるからなぁ」
「うんうん、私も試合じゃなかったら応援に行くよ」
「恋人は心の支えだからなぁ」



少し照れながら言う覚司がかわいらしかった。
覚司に何を書くのか問いただされたけど、口から出たのは



「愛がほしい」



ぎょっとした覚司の顔が印象的で、私は焦った。
何か間違ったことでも言ったのだろうか。
少し暗いトーンで覚司は話す。



「なんか、俺と一緒じゃ愛が無いみたいな言い方だな」
「そ、そんなことないよ。楽しいよ。でも、なんか、人の愛に飢えてる」
「俺も、愛がほしい」
「覚司も?」
「うん。だから、キスして」
「え???」
「イヤ?」
「え、あ、ううん・・・・・・」



真顔で、キスして、なんて言われて気楽にキスができるわけがない。
けど、断る理由も無いから、私は恐る恐る覚司に身体を近づけ、顔を近づけ、そっと唇を重ねる。
キスした後の覚司は優しい顔をしていた。
ほんの少しだけ寂しそうな部分を残して。



「今日はさ、なんかサイコウの一日かも」
「そう?」
「でも、1こだけダメな日」
「どうして?」
「俺の、誕生日」
「あっ、あ――――――――――!!!」
「わかった?」



私は、ゴメンナサイゴメンナサイと何度も繰り返して謝った。
誕生日を忘れられるのも寂しいものだ。
七夕ということと、課題と部活の疲れに、カレンダーを見るのを忘れていた。
覚司はもう謝らなくていいからと言ってくれたけれど、彼氏の誕生日を忘れるという失態を犯した私は、穴を掘って隠れたいくらいだ。

笹をぎゅっと握って、私は願いを込める。
世界の人に愛が舞い降りますようにと。
私にも、覚司にも。



「誕生日おめでとう、覚司。私が、覚司に愛をあげるよ」



そう言って、私はもう一度覚司にキスをした。
笑って私を抱きしめる覚司がいて、私は安心した。
今年の誕生日プレゼントは形の無い愛で我慢してもらおう。









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一日でいっきに書いたのはひさしぶりです。
とにかく誕生日を祝おうと思って書いてみました。
いや、ぜんぜん祝えてないんですけどね。
七夕かー。
今の私には「単位全取りできますように」しか願い事はできません(笑
そして、最近、本当に他人の誕生日を携帯のスケジュールにいれておかないと、
忘れてしまうという、記憶力の衰え・・・・・・。
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