[ 滴り落ちて、濡れて、乾く頃には ]





 桜はとっくの昔に散って葉桜になり、紫陽花が咲く季節になった。梅雨入りもして雨が止んでいても木の下を通れば葉から雫が落ちてきて濡れることもしばしば。坂を上って登校していると、強めの風が吹いて木から落ちた雫が強めの雨のように落ちてきた。制服のシャツの長袖が濡れているし、髪の毛もぐっしょりしている。鞄だって当然濡れた。朝からついてない。
「大丈夫か?」と小走りに駆け寄ってきた男の人に尋ねられて、反射的に「大丈夫です」と答えてしまう。

「全然大丈夫じゃないだろ? タオル貸すから使って」
「成瀬くん、いいよ、いいよ、私もタオルあるから大丈夫」

 声を掛けてくれたのは去年クラスメイトだった成瀬くん。クールで少しとっつきにくい気がするけれど、こんな私に声を掛けてタオルを化してくれようとしてくれるのだから優しい人なんだなと思った。手持ちのハンドタオルで濡れた顔を拭くと、頭に白いフェイスタオルを掛けられた。もしかして、これって成瀬くんが部活で使うタオルなのでは? そんな大事な物を濡らして大丈夫なわけがない。
 返そうとしたら、成瀬くんはタオルを置き去りにしてさっさと歩いて行ってしまった。
 仕方ないのでありがたくタオルを借りて濡れた髪をタオルドライすることにした。このタオル、このまま返していいのだろうか。返すしかないのだけれど、他のクラスに返しに行くのは仲の良い男友達ではないので少し気まずい。
 一時間目が始まる前に成瀬くんのクラスを覗いたけれど、成瀬くんはいなかったのでタオルはひざの上で乾かすことにした。休み時間になる度に成瀬くんのクラスを覗くけれど、運悪く成瀬くんと出会うことはなかった。

 放課後、バスケ部の体育館へ向かうとたくさんの女子生徒が入口を占領していて中を窺うことができなかった。応援の声に成瀬くんを呼ぶ人がいるので、成瀬くんもいるのだろう。私も少しくらいは見てみたい。ギャラリーが増えてきて前の方にいる人がしゃがんでくれて視界が一気に開けた。シュート練習をしているようで、たまに外す人もいるけれど、リングに当たらずスパっとシュートを決める成瀬くんの姿がとびきりかっこよくて、今まで興味を持たなかった一面に触れて胸が高鳴る。心の中で大きな拍手を送り、この日は急いで家に帰ってタオルを洗濯した。

 昨日は登校中に濡れてしまったけれど、今日は雨なので同じような目には合わないで済む。足元と鞄を濡らさないように気を付けながら登校して、成瀬くんのクラスに向かうと、今日は成瀬くんが席についていた。勇気を出して成瀬くんの向かいに立つと、涼し気な表情のまま彼の顔がこちらを向く。

「昨日はありがとう。大変助かりました。ちゃんと洗ってきたのでお返しします」
「よかった。風邪、引かなかったんだな」
「うん」
と同じいい匂いがするな」

 成瀬くんはタオルに顔を埋めて大きく息を吸う。私と同じいい匂いって何? 柔軟剤の香り? どきどきするから、そんな言い方しないで。





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成瀬→ヒロインのつもりで書きました。

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