[ 甘さ控えめくらいが丁度いい ]





バレンタインデーの2日前に成瀬くんから「好きだ」と言われた。成瀬くんから告白されるなんて夢みたいなことだ。バレンタインデーに本命のチョコレートが欲しいわけでもなく、今まで通り友人として会話したり、登下校を共にできたらいいと言われ、バスケット部で忙しい成瀬くんと関係を維持できるだけでも嬉しかった。
両想いだけれど恋人ではない友人というのは不思議な気もするが、成瀬くんとだから成り立つ特別な関係だと私は思う。

変わらず学校ですれ違えば挨拶をし、クラス委員のことで相談したり、結局ただのクラスメートと変わらない日々を過ごしている。秘密を打ち明ける関係でもないし、そもそも秘密なんてものがない。悩み事も今は特にない、とは言い切れない。私の悩みの為は高岩くんだ。

さぁ」
「何?」
「いつから成瀬と付き合ってんの? やっぱバレンタインにそっちから告白した?」
「付き合ってないよ?」

想定の範囲内で高岩くんは大袈裟に驚きの表情を見せる。どうやら彼には私たちがずっと前から恋人同士に見えていたらしいが、成瀬くんに直接聞く勇気もなく、私にも話しかけるチャンスがなくて今に至ったそうだ。手を繋いで一緒に帰っているわけでもないのに、どこをどう見たら私たちが恋人同士に見えるのだろう。しつこく尋ね続ける高岩くんを振り払うのは苦労する。キャプテンでエース、話術まで完璧の高岩くんとコミュニケーション能力の低い私が会話すれば打ち負かされるのは私に決まっている。バレンタインデーの2日前に起こったことを包み隠さず話してしまう私も馬鹿だ。聞いた高岩くんは呆れつつも「成瀬らしいっつーか、中途半端で、わからなくもない」と深く考えるような素振りを見せた。

はそれでいいのか? 成瀬と両想いで彼氏彼女になれる立ち位置なのに、友達のままで」
「いいよ、成瀬くんがそれを望んでるから」

今度、成瀬くんと顔を合わせたらクレームをつけられそうだな。高岩くんが成瀬くんのことを揶揄うのは目に見えている。先に謝っておこうかと考えたけれど、何もできないまま時間だけが過ぎていく。そうして迎えた3月12日。ホワイトデーは2日後の日曜日だからバレンタインデーのお返しを平日に渡すべくそわそわしている男子生徒を横目に、私は6時間目まできっちり授業を受けて掃除当番の掃除もこなして学校からひとりでさようなら。私は成瀬くんにのど飴3粒渡しただけだから、ホワイトデーにお返しをもらう資格何てない。3倍返しの飴玉9粒なんて言ったけれど、その場を和ませるための冗談にすぎない。

人通りの少ない静かな坂道を下っていると、凛とした声が私の名前を呼ぶ。あぁ、成瀬くんの声だ。振り返ると、Tシャツにハーフパンツ姿の成瀬くんが走って私を追いかけてきた。私の前で立ち止まると抱えていた小さな紙袋を私の前に押し付けるように差し出す。

、これ、バレンタインのお返し」
「私、のど飴しかあげてないよ?」
「いいから、受け取って。それから……」

一呼吸おいてまっすぐ私を見つめた成瀬くんは「ごめん」と俯いて謝る。私、謝られるようなことは何も受けていないけれど。

「やっぱり、俺と付き合ってほしい」
「え?」
「正確には、付き合っている肩書が欲しい。高岩はしつこいし、他の女子を振るときに『好きな人がいる』だと誰なんだと食い下がってくるから」

食い下がった相手に私の名前を言えば解決するという算段だろうか。それでは成瀬くんのファンからの風当たりが確実に強くなる。気にしないようにしてはいるし、高岩くんが割って入ってくれるのでカモフラージュできている部分もあるが、いざ付き合うことになれば成瀬くんが守ってくれる、とは思えないし、私は高校を卒業するまで友達のままでいいと思っている。

「私は、成瀬くんが望むことには応えたいと思うけど、でも、今は友達のままがいい」
「どうしても、だめか?」
「う……」

私だって女子高生だし、学校帰りに彼氏と制服デートとかしてみたい。相手が成瀬くんとなれば、部活が最優先だから制服デートなんてほとんどできないだろうし、できたとしても図書館でお勉強デートや他校の試合を一緒に見に行ったりするくらいだろう。それは成瀬くんのことを好きになって時点でわかっていたはずだ。
返事をできずに唸り声のようなものしか口から出せずにいると、成瀬くんが小さく笑った。

「俺が最初にそう言ったからな。……失敗した。困らせて、ごめん」
「成瀬、くん?」
「とにかく、これは受け取って欲しい。俺の気持ち、だから。は俺にとって大事な人だから、な……」

成瀬くんは私の手に紙袋を押し付けて体育館の方へ戻ってしまった。受け取ったものは返すわけにはいかないので家に帰って開けてみると、小ぶりのバームクーヘンがひとつ入っていた。紅茶を淹れてバームクーヘンを食べながらスマートフォンで「バームクーヘン」と何気なく検索すると、検索候補に「バームクーヘン ホワイトデー 意味」とあがってタップすれば意味があっさり画面に表示される。

 いつまでも幸せが続く

成瀬くんがここまで考えてバームクーヘンを私に買ってきたのだとしたら、私はとても失礼なことをしている。私たちの幸せがたくさん重なっていつまでも続くように、そんな願いが込められているこのバームクーヘンを、スマートフォン片手に美味しさをじっくり噛み締めることなく食べてしまった私はなんて馬鹿だ。
陽が沈むのが遅くなってきたとはいえ、夕暮れはとても冷える。ダウンジャケットの袖に腕を通して家を飛び出した。一か月遅れのバレンタインのチョコレートを渡そう。今から買えば部活帰りの成瀬くんに会って渡せるかもしれない。成瀬くんの気持ちに応えたい。近所の大型スーパーに置いてある銘店コーナーで目に留まった、吟味がまったくなされていないチョコレートだけれど、早く渡したかった。急いで成瀬くんにメッセージを送れば、しばらくして返信が着て、成瀬くんの家の最寄り駅で落ち合う約束ができた。

私は成瀬くんの「付き合ってほしい」という告白を一度断った。だから今度は私が成瀬くんに告白する番。

駅の改札近くの柱にもたれかかり、改札から流れ出る人の波の中から成瀬くんの姿を探す。この電車に乗っているはずだからしばらくすれば会えるだろう。人がまばらになった頃、改札を颯爽と通過する成瀬くんと目が合う。何度も会話しているのに、どうして今日はこんなにも成瀬くんがかっこよく輝いて見えるのだろう。

「待たせて悪かった」
「ううん、大丈夫。ごめんね、部活で疲れてるところ」
と会えるなら気にならない」
「あのね、これ渡したくて……」

買ってきたばかりのチョコレートが入っている洋菓子メーカーの袋を差し出す。「ありがとう」と言いながら受け取った成瀬くんは、袋の中身を確認する。

「チョコレート、か?」
「うん、バームクーヘンのお礼というか、ホワイトデーにバームクーヘンを渡すのには、幸せが続くとかそういう意味があるって調べたら出てきて、それでね……」
「それで?」
「それで、ね」

告白の言葉が喉につっかえて出てこない。成瀬くんは私に二度告白してくれたのに、私はたった一度すらできない。

「バ、バレンタインのチョコ渡してないから、受け取って欲しいの。それから、やっぱり、私、成瀬くんのこと好きだから、成瀬くんとお付き合いしたいです」
「本当に、いいのか?」
「うん、付き合いたい。肩書だけでもいいから」

精一杯の笑顔を成瀬くんに向ければ、成瀬くんの両手が私の両手を掴む。成瀬くんの「ありがとう」は告白の返事。
「欲張っていいなら、肩書だけじゃなくてちゃんと付き合いたい。デート、あんまりできないと思うけど、それでもいいのか? 本当に、俺でいいか?」 「成瀬くんじゃなきゃ嫌」
気持ちが通じ合って嬉しくて涙が零れた。





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※所説ございます
バームクーヘンは「幸せを重ねる」「いつまでも幸せが続く」という意味があるそうです。


ホワイトデーにアップするつもりで書き始めていたんですよ! 1か月遅れですが書ききりました。
成瀬に飴玉のお返しにバームクーヘンを渡させたい、というのだけ頭に思いついて、最終的にこのような仕上がりとなりました。

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