Happy birthday to YOU
Happy birthday to YOU
少しだけでいいから
そばにいてほしいんだ





[ 1ミリセカンド ]





 布団を頭までかぶって眠りにつく。来てほしいような、来てほしくないような、明日はそんな日。気づけば眠りに落ちていて、目覚めたら朝を迎えていた。私の誕生日が始まった。
 今日は平日だから学校はある。洗面台の鏡で見る17歳の私の顔は、なんだか間抜けに見えた。昨日の私と、今日の私。年は変わったかもしれないけれど、他は何にも変わっていない。変わるわけもない。顔を洗って、もう一度鏡で自分の顔を見る。まだ間抜け面だ。
 笑顔の練習をしてみた。少しだけ、色気が出たかな? と思い込んでみると、笑えた。大人っぽい彼に、少しでも近づきたい。
 携帯電話のメール受信トレイを確認すると、友達からの「誕生日おめでとう」メールが届いていた。ありがとう、と心の中で呟きながらメールを読む。肝心の巧は、やっぱりメールを送ってくれなかった。きっと忘れているのだろう。自分から自分の誕生日のことは言いにくい。だからずっと巧は、私の誕生日のことを祝ってはくれないのかもしれない。そう思うと、朝から落ち込んだ。けれど、誰かが悪いわけじゃない。トーストをかじりながら、そう思った。
 電車に乗って坂道を上って、学校へと向かう。巧の姿を探したけれど、今日は見つからなかった。教室に入り席に着けば、友達が「誕生日おめでとう」と声を掛けてくれる。メールを送ってくれた子も、わざわざ他のクラスから「おめでとう」と言いにきてくれる。「メールと直接言うのとは、全然違うよ」と主張する友達。とにかく、祝ってもらって私はとっても嬉しいよ。
 移動教室のときは必ず巧の教室の前を通り過ぎる。開いた窓から教室をのぞいたけれど、巧の姿は見えなかった。こういう日に限って、会えないんだ。会いたいのに。少しだけでいいから、ほんの1秒でいいから、傍にいてほしいのに。
 上の空で受けた授業は、さっぱりわからない。家で復習しなければ宿題は解けないなと思いながら、帰り支度をして教室掃除当番に勤しむ。ほうきを持って、気合を入れた。教室のゴミをひとつ残らずきれいにしてやろうと意気込んだ。重たい机もたくさん運んだ。なんだかすがすがしい気分になれた。
 教室掃除を終えて、帰ろうとかばんを手に提げる。足音と共に、慌てて誰かが教室に入ってきた。その人は紛れもない私のいちばん会いたいと思っていた人。巧が、私の目の前にやってきた。走ってきたであろうに、息も切らさずすっとした身のこなしで私の目の前に現れた。私が「どうしたの」と尋ねる前に、落ち着いた声で言った。

、誕生日おめでとう」
「あ、ありがとう! ……すっごく嬉しい」
「朝言おうと思ったけど会えなかったし、うっかり携帯を家に忘れてきてメールもできなかった」
「ううん、覚えてくれていたことが、すっごく嬉しいよ。ありがとう」

 自然と笑顔になれたし、嬉しくて視界がぼやける。俯いたら、涙は零れてしまった。手の甲で涙を拭って笑顔を見せる。巧は珍しく驚きの表情をしていた。私が泣くなんて珍しいことだからだろう。嬉し涙は頬を伝っていく。
 巧は机の上にぽんと紙袋を無造作に置く。顔を合わせると、「誕生日プレゼント」と小さな声が聞こえた。私は日本語が理解できないらしい。巧の言った言葉は小さくともはっきり聞えたのに、消化できない。私の反応の無さに、巧は呆れた顔をしている。当然だ、日本語を話したのに理解してくれないから。
 巧は紙袋に手を添え、私に突き出す。突き出されたら受け取る、そんな条件反射が起きた。
「部活あるから、もう行くな」私を見て言う巧。やっと、頭が回転する。
「ありがとう」とっさに出た言葉がそれ。巧は笑ってくれた。

 紙袋を開くと、ゆりかごに入ったクマのぬいぐるみがこちらを見ていた。布団をかぶって、今にも眠りそうなクマのぬいぐるみ。私は急いで紙袋の口を閉じた。かばんと紙袋を抱えて教室を飛び出す。まだ巧は廊下を歩いていた。大声で、叫ぶ。
「ありがと―――!!!」
 返事はなかった。けれど、巧は歩いたまま、こちらを振り返らずに手を挙げた。私は笑って家に帰ることができた。
 結局その後は巧に会うことも無く、電話で話すことも無く、メールをすることもなかった。ほんの少しだけ、顔を合わせただけ。それだけで心が温まった。
 クマのぬいぐるみは私の傍にいる。ありがとう、私の誕生日は生まれてきてよかったって思える日になったよ。離れていても想いがある限り、幸せでいられる。会えたら笑顔で迎えよう。会えなくても笑っていよう。いつでも、笑顔で迎えられるように、心配されないように。
 クマのぬいぐるみに笑いかけると、なんだか笑い返してくれたように思えた。




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2006年11月に、誕生日祝いとして書いた成瀬くん。待って、13年以上前……。 うちのサイトのリンク貼ってくださった方にお礼で書いたようです。 成瀬くんは難しいんだよね、つかみどころがなくて、つい高岩さんの話に友情出演させてしまいがち。

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