[ 慌てて離した手 ]





部活が終わり帰ろうとして気付く。
鞄の中に宿題の問題集がないことに。
職員室へ教室の鍵を取りに行くと、担任の教師から教室は使用中だと告げられる。


が、勉強するのに使うから鍵は預かる、と言ってたよ」
「そうですか、ありがとうございます」


教室に向かうと、女子生徒の高い声がガンガン響いていた。
俺が教室の扉を開くと、全員の視線がこちらを向く。
一番先に口を開いたのは、よく知らない女子生徒。


「成瀬くん! おつかれさま〜」
「・・・」
「なになにー? どうしちゃったの?」
「忘れ物、取りに来ただけだ」
「成瀬くんでも忘れ物するんだねぇ」


俺は、彼女たちの邪魔をしないように自分の席の問題集を回収しようとした。
そしてようやく気付く。そのよく知らない女子生徒が俺の席に座っていることに。


「悪い、そこは俺の席だ。少し退いてくれないか?」
「あ、そうなの?」


は黙ったまま机に向かっていた。
俺が教室に入ったときにはこちらに目をやっていたが、興味を失ったらしい。
話しかけたい。でも何を話せばいいのかわからない。
それに、周りの女子生徒が邪魔だ。


「成瀬くんが帰るなら、私も帰ろっかなー」
「そうだね、帰ろ帰ろ」
さんはどうする?」
「私は、もう少し、やってから帰るよ」


暗いから、一緒に帰ろう。
その一言が口から出ない。
周りの女子生徒が帰る支度をしても、はシャープペンシルを動かし続けている。
の側に立った。
は手を止めて、ゆっくり顔を上げた。
少し、悲しそうに歪んだ顔。


「バイバイ、成瀬くん。また明日」
「ああ、また明日」
「あの子たち、行っちゃうよ?」
「誰だ、あいつら」
「他のクラスの成瀬くんファン」


は顔を机の上に広げたノートに戻してしまった。
俺は溜息をつく。


「で、あいつらと勉強していた?」
「うん、勉強教えてって言うから。でも、本当は成瀬くんに会いたかっただけみたいって途中で気付いた」
「なら、どうして教室にいさせたんだ?」
「追い出す理由もないし、私も自分で自分の首を絞めるようなことはしたくないし」


今日のは、珍しく歯切れが悪い。
勉強のしすぎか、妙なことに気を遣いすぎて疲れたのか。
俺は、の手からシャープペンシルを引き抜いた。
どうやら、気付いていないらしい。
手が、鉛筆を握る形になったまま、止まっている。


「どうやって書くんだ?」
「あっ、シャーペンがない。どうして・・・」
「俺が取った。疲れてるなら、もう帰ろう。これ以上勉強したって無駄だ」
「まだ、まだやれるよ」


俺の手からシャープペンシルを取り返そうとする
俺は空いた他方の手での手首を掴んだ。


「成瀬くん!」
「帰ろう。一緒に」
「・・・うん」


即答ではなかった。けれど、否定しなかったことを好しとした。
そっと、掴んだ手首を離す。
身支度を整えて立ち上がったの、手を、ゆるりと握った。
慌てて離す。
俺は、何をしているんだ。
に背を向け、俺は教室を出た。
あの女子生徒たちは、もういなかった。
静かに、が戸締りをするのを待った。








From 確かに恋だった
微妙な距離のふたりに5題【4.慌てて離した手】


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ああっ、また勉強させとる・・・

そういえば、小学校、中学校は教室の鍵が閉められてたけど、高校はなかったなぁ。

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