[ 平行線をたどる日々 ]





校内模試の結果はいつもどおりだった。
がっかりする。全国順位を見れば、自分の実力の無さが明白になる。
校内順位は第二位。一位はだろう。
模試の後、珍しくニコニコ笑っていたから。


「いつもは疲れたーって思うけど、上出来だったから疲れたより満足の方が大きい」
「よかったな」
「うん! この調子で頑張るよ」


俺も頑張らないとな。将来のために。
そういえば、の進路の話は聞いたことがないな。
成績の話しかしていない。


、学科は何を志望してるんだ?」
「理学部の化学科。化粧品メーカーとかで研究したいんだ」
「研究職か。大学院の進学まで考えているのか?」
「そこまでは考えてないよ。そういうのは、大学生になってから考えればいいと思うの。
 だって、中学生のときに、どこの大学に行きたいなんて考えないでしょ?」
「考えている奴もいるとは思うけどな」
「まぁ、東大に行きたい人とかはねぇ」


なんとなく選択している授業。
なんとなく受けている模試。
なんとなく書いている志望校。
どれもこれもなんとなく。
ただひとつ、自分の強い意志があるものは、この空間を、と二人で会話するときの空気を、失いたくないこと。

何一つ前に進まない。
高校二年生、俺は、どうしたいんだ。

バスケ部専用体育館に緊急工事が入り、部活は外練習のみになった。
学校の外周を走るくらいしかできない。
Tシャツとハーフパンツに着替え、軽くストレッチをして校門をくぐる。
女子生徒の悲鳴のような声を聞き流しながら、淡々と走る。
高岩が後輩と競争しているらしく、後ろから猛スピードで追い抜かされた。
最初の角を曲がったところで、の後姿を見つけた。
スピードを落とし、の隣に並ぶ。


、帰りか?」
「成瀬くん! 専用体育館が壊れたらしいね。高岩くんから聞いた」
「ああ、ランニングして今日は解散だな」
「がんばってね!」


その笑顔に胸が跳ねる。
その口から、他の男の名前が出ると胸が痛む。
けれど、何も言えない。何もしない。何もできない。

は手を振って横道へ逸れて行く。
先を歩く友人を見つけて、その背を追って駆けていった。
その背は見たことがある男達。
見なかったことにして、また走り始めた。

後ろから足音が近づいてくる。
「成瀬くん」と名前を呼ばれ、首だけ横に回す。


「どうかしたか、井上?」
さんと話してた?」
「それが、どうかしたのか?」
「なんとなく、さんを見るときの成瀬くんの目が、優しいなと思って」
「そうか?」


黙って井上は頷いた。
何を意味しているのかさっぱりわからないが、俺がのことを特別扱いしているということが、周りにも伝わっているということはわかった。
だから、なんだ?
どうしたいんだ?


「大事なものは大事にしなくちゃいけないし、大事だって伝えないといけないと思うんだ、僕は」
「それは、井上の経験上?」
「うん。消えてしまうものだって、あるからね」


まともに井上と話すのは初めてかもしれない。
しかも、バスケットとはまったく関係のないことを練習中に話すとは。
美濃輪が俺たちを追い越し、「何やってんだ、ウスノロ」と暴言を吐いていく。
井上は美濃輪の後ろをついていく。
俺は二人の背中を見ながら、ついていく。
騒がしい高岩と後輩にまた抜かされた。


「成瀬、遅いぞ! 模試の結果がよかったからって、練習の手抜きは許さないからな」
「手は抜いていない」
「そうか? 俺の目にはそんなふうに見えないな。
 ばっか見てさ、あいつの背中を追うのはいいけど、文武両道で頼むぜ。キャプテン命令な」
「わかった」


切り替えろ。
高岩と後輩を追い越し、美濃輪と井上を追い越し、他の後輩たちも追い越す。
今は走れ。ただ、走って高岩の背に追いつけばいい。

のことは、それからだ。







From 確かに恋だった
微妙な距離のふたりに5題【3.平行線をたどる日々】


**************************************************

珍しく高くん登場。
成瀬くんは高岩くんとしか話さなさそうだなぁ、いや、一方的に話しかけられている感じか。
リケジョなのは私がそうだからで、よく考えたら感情移入しにくいなと今気付きました。
ごめんなさい。
inserted by FC2 system