[ cream on the ice ]





試験前で部活もないし、久しぶりに早く帰宅できるなと思えば、そういうときに限って呼び止められる。
ちょうどいいところに振り回せる奴を見つけた、そんな声。


「成瀬くん!」
先輩・・・なんですか?」
「ちょっと! 一応彼女なんだから、そんな鬱陶しい顔で扱わないでよ」


嫌いではないからいわゆる恋人という関係になっている。
愛しいという感情は、正直言ってあまりない。ただ、この人といると、たまに穏やかな気分になれる。
今は、そうではないが。


「ねえ、アイス食べに行かない?」
「どうせ俺に拒否権はないんですよね?」
「嫌ならいいよ、一人で行くから」


珍しいこともあるものだ。いつもなら後輩に拒否権を与えないのに。
一人で前を歩く先輩の背中が、いつもより小さく見えた。
成績優秀で、自信家で、夏休み明けにはAO入試で手塚学院大学へ合格も決めて、割と完璧と呼ばれている彼女が、
体全体で寂しいと訴えている。
少し早足で先輩に追いつき、隣に並ぶ。


「どうかしたんですか?」
「みんな、勉強勉強って構ってくれないの。当たり前なんだけどね。受験生だし」
「だからって二年生の後輩の試験はどうでもいいんですか?」
「だって、成瀬くんはちゃんと勉強してるから、今日の夜にちょこっと勉強したら明日の試験もあっさり乗り切れるでしょ?」
「まぁ、そうだけど」


こちらを見て、柔らかく微笑む。
何かに優れていると、それを妬む者も出てくる。生まれ持ってきたものもあれば、努力して手に入れたものもある。
先輩が手に入れたものは、全部努力した結果だろうに。
彼女が心を痛める必要なんて、少しもないはずだ。


「合格を決めて、すごく安心した。未来が見えた。
 けど、他の皆はまだ何ヶ月も先に入試があってそれに向けて勉強している。まだ未来が見えていないんだよ。
 私がアイス食べに行きたくても、皆は行きたがらないし、私だって『あのときとアイス食いに行ったから落ちた』とか言われたくないよ」
「論点がずれている。そいつの努力が足りないだけなのに」
「でも、そう言いたくなるのだと思う。私は皆の邪魔はできない。だから、いいの、一人で行くから。ごめんね」


自分で誘っておいて、それはないだろ。
溜息をついて、彼女の手をとる。
驚くのも無理はない。
俺からの愛情表現は無いに等しいから、珍しいのだろう。


「成瀬くん、今日は優しいね」
「気分転換に冷たいものが食べたくなった」
「試験前なのに?」
「試験前だから、アイス食べてリフレッシュする。それでいいですか?
 俺のこと心配する前に、自分のことも心配してくださいよ。明日は苦手な数学なんでしょう?」
「よく知ってるね、三年のスケジュールまで」
「あんたのことは、俺がいちばんよく知ってるんだ」


今、さらっと、とんでもないことを言った気がした。
気がしたんじゃない。言った。過去形。
そっと目を伏せた先輩が、俺の手をぎゅっと強く握った。
小さな声で「ありがとう」と言った。

彼女が折れそうなときに発する、この細い声がとても好きだ。
普段はきっちり自己主張するのに、甘えたいときに何も言わないのがとても好きだ。
甘いものを好んで食べない俺は、何も言わない赤夜先輩と並んで歩くときの沈黙が心地よくて好きだったりする。


「あと三ヶ月くらいしか学校には通わないから、成瀬くんができる限りでいい、私と遊んで」
「わかりました」
「それで、成瀬くんが手塚学院大学に来たら、また遊んで」
「それ、俺が手塚学院大学を受けること決定ですか?」
「うん! だって、受けるでしょ? バスケットのために」
「もしかして、それを踏まえて手塚学院大学を受けた?」
「行きたい大学を受けたよ。でも、そこは彼も行きたい大学だった、それだけ」


無意味な質問をしてしまった。答えはわかりきっていた。
そして、彼女は意外なことを言った。
俺は、ここ数年でいちばん驚いて声を発してしまう。


「私、大学生になったらバスケット部のマネージャーやろうと思うの」
「え?」
「あはは、成瀬くんが驚いてる。レ・ア!」
「からかってるのか・・・」
「違うよ、本気。頑張ってる姿をたくさん見てきたから、大学生になったらちゃんと支えたいの」


何を支えたいのかわからない言い方。
訊かなくても多分わかる。
俺や高岩がレギュラーになれなかった一年生の頃から、俺たちをずっと応援してくれていた人。


「好きだよ、成瀬くん。いつもありがとう」
「こちらこそ、いつもありがとう」


ああ、好きって言えなかった。意気地なし、俺。





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(笑)
成瀬くんって書くの難しいの。
いつも中途半端でさ、ファンのみなさんごめんなさい。

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