[ 君 ら し さ が 欲 し い ]





「成瀬、くん」
名前を呼ばれた。呼び捨てにしようか迷って、「くん」をつけたような言い方だった。
どう呼んだって、俺は俺に変わりないというのに。

無言で振り向き、相手が口を開くのを待つ。
彼女の左頬が引きつっていたのは気のせいか。



「名前呼ばれて返事もしないんか、あんたは」
が不自然な呼び方したからだ」
「どこか不自然だっていうの?」



眉間に皺を寄せて、頬を膨らませて、珍しくかわいこぶっているが興味深かった。
「明日は、嵐になるな」そう言えば、首をかしげて理解できないと表情で訴えてくる。
誰に何を吹き込まれたのだろうか。
気色悪い。



「いつもどおりのほうが自然で、らしさが出ていちばんいいのに」
「あ、そう? じゃあ、やめる」
「高岩に何を言われた?」
「女らしさが足りないって。仮にも彼氏がいるなら、好かれるように女らしくしろって言われた」
「そんなに俺にから好かれたい?」
「……まぁ、それなりにはね。私も一応女だし、好きな人には嫌われたくない」



女心は複雑だな。
でも、そんな複雑な女心を持つ人間のことを好きになったのは俺だ。
どちらかと言えば、性別を抜きにして、一緒にいて苦痛でなかったり、心を通わせたりできるのはだけだ。
他には高岩や、片手で数え切れるくらいの人数しかいない。

だから、が俺を呼び止めてくれるなら何と呼んだって構わない。
不自然でなければ、という条件付きで。



「どうして『くん』をつけた?」
「そのほうが、女子っぽいかと思った。だって、ファンはみんな『くん付け』で呼ぶじゃない」
はファンじゃないだろ」
「そうなんだけどね」
「俺は、そのままが、いちばんいい」



並んで歩いていたのに、は急に足を止めた。
俺は振り返る。
がこちらを凝視している。
視線を合わせたら、見つめあうことになる。
は目を伏せて、大またで俺の隣にやってきた。



「それは、精一杯の愛情表現?」
「精一杯、かもな」
「うん、成瀬らしくていいよ。そういうの、大好き!」



自然に笑って、自然に「大好き」と言える。
いつでも自然体で俺に接してくれた。
これからも、そのままでいてほしい。



「作り物には、出せないよさだよな」
「何が?」
「ひとりごと」
「私がいるのに、ひとりごと言わないでよ! 私に向かって何かを発して」
「そうだな。何がいいかな」
「何でもいいよ。成瀬の好きなこと、話してよ」



話したいことなんて、何にもない。
いつも、話を聞く側だから。

「知ってる。成瀬が話したいことがないことくらい」
はそう言って、俺の手を握った。
「今日はこのまま一緒に帰ろう。黙ったままでいいよ。私も特に話したいことないから沈黙とお友達」

寄り添って歩く。沈黙と共に。
風に木々が揺れる。
沈み行く夕日を見ながら、今日も学校を後にした。

明日、話すことが見つかったら、君らしく話を聞いて受け止めてくれるだろうか。それとも、受け流すだろうか。
何かに対抗できる武器がほしいな。

「あ!」
が小さく声を出す。
野良猫が道路のど真ん中で寝そべっている。
歩行者天国でもないのに、よく車に轢かれず生き残っていられるな。
はその光景を微笑ましく見ていた。
その姿が愛おしくて、軽くキスをした。
目を大きく開いて硬直する
その姿がまたかわいらしい。



「不意打ちすぎ!」
「俺のに対抗する武器は不意打ち、か」
「成瀬は不意打ちでしかキスしてくれないから、物足りない」
「それなら、そっちからすればいい」
「いやだ。それは私の負けなの。成瀬から不意打ち以外のキスを受けたら私の勝ち。賞金百万円」
「キスを賭け事にするなよ……」



それもまたらしさ、か。
明日、朝練で高岩に殺人光線を浴びせないと。
そんな放課後、夕暮れ、帰り道。









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なんか煮え切らないわね。
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