[ ラ ッ キ ー ア イ テ ム ]





朝のテレビ番組の最後に星占いがあるけれど、私はなんとなく見るだけでこれっぽっちも信じていない。
ラッキーアイテムが何だとか、見たところですぐに忘れてしまう。
今日のラッキーアイテムは「眼鏡」
同じクラスにかけている人はいるけれど、特に仲が良いわけでもないし、席が近いわけでもない。
私はいつもどおり聞き流して、学校へ行く。

葉山崎高校の近くに住む親戚の家に居候している私。
八時に家を出ても、始業の八時半には十分間に合う。
それに、八時二十分頃にがっこうへ着けば、朝練終わりのバスケ部員に会うことができるから嬉しいのだ。

憧れの成瀬くんの姿を拝めるだけで、それはもう幸せ。

いつもどおり一人で校内をとぼとぼ歩いていると、バスケットボール部専用体育館から部員達が校舎へ向かって行くのが見えた。
私はそれをぼんやり眺めながら、校舎の同じ入口を目指す。
悪友高岩覚司が私の姿を見つけて声を掛けてくれる。


「はよーっす、ちゃーん」
「……」
「無視かよ。あいさつしてるのに」
「名前で呼ぶのはやめてって言ってるじゃない。誤解するでしょ」
「ん?ちゃんが、俺と付き合ってるって勘違いするって?」
「高岩ファンに刺されるから、やーめーてー」



二人で歩いていると、校舎の方から女子の痛い視線が飛んでくることがあるけれど、気にしない。
彼と仲良くなりたいなら、仲良くなればいい。
何もしないで見ているだけ。それで私のことを疎ましく思うのは、お門違いだ。
私は堂々と、人気者の彼と一緒にいるよ。
友達だもの。
ただの友達。
たかいわは、ともだち。



「いつでも俺のこと覚司って呼んでくれていいんだけどなー」
「お前の行動では迷惑被っている」
「そうだーそうだー、成瀬くんの言うとおりだー」



成瀬くんの声が聞こえたから、私は振り返った。
目を見開いて驚いたのは、見慣れた憧れの顔に黒縁の眼鏡がかかっているから。
私が何も言えず固まっていると、成瀬くんは私に朝の挨拶をしてくれた。



「おはよう、
「あ、おはよう、成瀬くん」
「ああ、これか。目の調子が悪くて、コンタクトが入らなくてな」
「そっか、成瀬くんはコンタクトなんだね。私は裸眼ー」
「俺も裸眼ー」
「もうあんたはいいよ」



二人で会話しているところへしゃしゃり出てくる高岩を軽くあしらい、私は成瀬くんと会話を進めた。
高岩は私が成瀬くんに憧れていることを知っているから、面白がって邪魔をしているのだ。
友達の恋を応援する気はないのか、こいつには。
自分は自分で、彼女とよろしくやっているというのに。

私はむっとして、高岩のわき腹に肘鉄をくらわせる。
たいした攻撃力ではないのに、高岩は大げさに痛みに苦しんでいるふりをしている。
私と成瀬くんは呆れて肩をすくめた。

元々端整な顔立ちをしている成瀬くんだから、眼鏡をかけたらますます賢そうに見える。
実際、賢くて頭が切れるのだけれど。
そんな彼は、私の恋心に気づいているのだろうか。
薄々察してくれていれば嬉しい。同じ気持ちでいてくれれば、尚嬉しい。
世の中、そんなふうにうまくはいかないだろうけれど。

眼鏡をかけた成瀬くんを見て、悲鳴をあげる女子達。
私は頬を引きつらせながら、教室へ入った。
成瀬くんがかっこいいのはわかるけれど、私はそこまでしない。
好きだという感情を露骨に出すのは好きではないし、成瀬くんがいい顔をしないもの。
それをわかってやっているのだろうか。
相手の迷惑になりたくないよ。嫌われたくないよ。
好かれたいよ。

放課後、職員室へ課題を提出しに行き、先生と少し話をしてから帰ろうとした。
出入り口で背の高い男の人と鉢合わせになり、私は相手の胸元に向かって謝罪する。
念の為、顔をあげて相手を確認すると、眼鏡をはずしたいつもの成瀬くんだったのだ。



「あれ、成瀬くん、眼鏡は?」
「…誰??」
「うん、だよ」
「高岩にとられた。でも先生に呼ばれているから急いで来たんだけど、全然見えない」



成瀬くんは私に顔を近づけるのだけれど、鼻と鼻がくっつきそうなくらい近づけたものだから、私は赤面して後ずさりする。
心臓がバクバク鳴っている。
呼吸を整えている間に、成瀬くんは担任の先生のところで歩いていった。
大きく息を吐いて、私は体育館に向かって駆け出した。
目的の男子生徒を見つけ、私は名前を大声で叫んでやる。



「たーかーいーわー!!!」
「うっ、おっ、そんな顔したらかわいい顔が台無しだろー」
「成瀬くんの眼鏡を返せー!」



逃げようとする高岩を追いかける。
もちろん、男子と女子では運動能力が違いすぎるから追いつけないのだけれど。
追いつけない背中を追いかけて走っていると、柊監督に呼び止められて立ち止まった高岩が見えた。
私はそこまで走り、「失礼します」と声を掛けて高岩のカッターシャツの胸ポケットに入った眼鏡をさっと奪い取った。
柊監督は不思議そうな顔をしていたけれど、私は微笑んでその場を立ち去る。
高岩の背中にあっかんべーをして、私は職員室へ向かった。
廊下で成瀬くんに出くわしたから、眼鏡を渡した。
もちろん、最上級の笑顔をも一緒に。

成瀬くんが笑うところは見たことがないけれど、私に感謝しているということは伝わってきた。



「ありがとう。高岩から取り返してくれたんだな」
「ちょうど柊監督につかまってたからね。追いかけっこしたら、私では勝てないもん」
「おかげで、今日はとよく話せたな」



理解できず、きょとんとして首をかしげると、成瀬くんは「ラッキーアイテムは眼鏡らしい」と呟いた。
同じ占いを見たのだろうか。
そうだとしたら、成瀬くんと私は同じ星座だ。



「朝の星占いで、私もラッキーアイテムは眼鏡だったんだよ」
「テレビ番組のやつか?」
「そう!成瀬くんと同じ星座だなんてビックリだよ」



正直に驚いたことを伝えたら、成瀬くんが少し微笑んでくれたような気がした。
本日一番の収穫だ。









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燃えきらなかったな…
葉山崎のこのペア+ヒロインっていう組み合わせが好きです!
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