[ 浮 か れ て い る 人 ]





成瀬先輩に恋をした。
バスケットをしている姿に一目惚れした。
友達は高岩先輩のファンが多いけれど、私は断然成瀬先輩だ。
大人に憧れる。
同じ学年の男の子はお子ちゃまだから、話にならない。

先輩に彼女がいたって関係ない。
私が先輩のこと好きだっていう気持ちは、ここに溢れかえっているもの。
先輩と、少しでいいからお話ししたい。
私の名前を呼んでほしい。

?」
疑問系で名前を呼ばれて振り返った。
そこには成瀬先輩がいた。
私のノートを手に持っている。
うっかり落としてしまったらしい。
職員室前の廊下、私は手に抱えていた他のノートもばらばらと落としてしまった。
成瀬先輩が目の前にいる。
成瀬先輩は私の名前を呼んでくれた。
成瀬先輩が、私のノートを持っている。
成瀬先輩は、拾ったノートを差し出してくれる。
ノートを受け取る手が震えた。





「あ、ありがとうございます」
「いや、別に」
「か、かっこいい!!!・・・あ、すみません」





私の瞳はハート状態。
憧れの先輩を前にして緊張しないわけがない。
私は何度も何度もお辞儀をした。
顔が赤くなるのが自分でもわかる。
照れ隠しのお辞儀を繰り返す。

、さん・・・今度からは気をつけて」
そう言うと、成瀬先輩は私の隣を通り過ぎていった。
振り返って成瀬先輩の後姿を見届ける。
呆然としていたら、背中を軽く押されて私は前に倒れかけた。
「成瀬先輩と会話してたの???うらやましいなぁ」と友人の声が聞こえる。
そうだ、憧れの成瀬先輩と会話してしまった。
さらに、名前まで呼んでもらった。
幸せなこと、この上なし。

夢見心地で一日過ごしていた。
ふわふわ浮いている気分
このままじゃダメだ!ちゃんと地に足をつけなくちゃ!
自分で自分を叱咤しようとしたけれど、それもできなかった。
今日だけは、浮かれていよう。
明日からは、思い出を胸に頑張ろう。

浮かれたまま、部活に行く。
男子バレー部マネージャーの私は、バスケ部専用体育館を横目で見ながら運動場へ向かった。
今日はバドミントン部が共有体育館を占有する日だから、私たちは外練習。
給湯室で部員たちの飲むスポーツドリンクを作っていると、成瀬先輩がひょいと顔を出したものだから、
驚いて持っていたスポーツドリンクの粉末をこぼしてしまった。





「ごめん、驚かせたか?」
「あ、いえ、ちょっと気が緩んでただけです。先輩は全然悪くないので」
さん、だっけ」
「あ、はい、そうです。名前を覚えてもらって光栄です!」





成瀬先輩が私の名前を覚えてくれている。
また浮かれてしまう。
先輩は、掃除でお湯を使いたくてここへ来たらしい。
バケツにお湯を張っている。
私は、その隣で、スポーツドリンクの粉末と水を混ぜる。

ウォータータンクいっぱいにスポーツドリンクを作った。
私はそれを運動場へ運ぶ。
成瀬先輩に「お先に失礼します」と一言伝えた。
「ああ」とそっけないようで、とても温かい返事をもらえた。
嬉しい!
また浮かれてしまう。
ニヤニヤしていたから、バレー部の先輩方に気味悪がられた。

部活が終わって、私は夜道を歩く。
葉山の坂を下って、駅へ向かう。
一人の夜道は怖い。
けれど、私は片付けに手間取ってしまい、帰るのが最後になってしまった。
いつもなら、先輩方と一緒なんだけれども。
早歩きで坂を下ると、前方に人影が。
葉山崎の学ラン。
知ってる人だったらラッキーだなと思いつつ近づいてみた。
なんと、成瀬先輩だ!
ラッキーすぎるよ、今日の私。
声を掛けようか、掛けまいか。
悩んでいたら、成瀬先輩が振り返ってこちらを見た。
目があった。





「あ、の、成瀬先輩、お疲れ様です!」
さん。帰るの遅いんだな」
「ちょっと片付けに手間取っちゃって。あ、私、男子バレー部のマネージャーやってるんで」
「知ってる」





驚いた。
成瀬先輩は、私のことを知っている。
ふと、成瀬先輩の顔を見ると、焦った表情をしていた。
珍しいこともあるもんだ。
常に冷静沈着な人だと思っていた。
きっと、それは私がそう思っているだけであって、実際は全然違う人なのかもしれない。

駅までの短い帰り道、成瀬先輩とお話しした。
とりとめのないことから、部活のこと、授業のこと。
恋心が爆発しそうだ。
好きで好きでどうしようもないのに、何もできない。
ただ、お話しすることしかできない。
いや、お話しできるだけ幸せだ。
いや、このチャンス、どうにか使わなくちゃ!
二人きりの夜道、告白しなくてどうする!!!

とにかく気持ちを伝えよう!そう思った瞬間、成瀬先輩の携帯が鳴った。
着うた、私と同じ。
最近、流行りのインディーズバンド。
成瀬先輩は「ごめん」と謝ってから通話に応じる。
名前を呼んでいたから、相手は高岩先輩だ。

通話が終わったから、話しかける。
「着うたが同じです!」と。
すると、成瀬先輩は驚いていた。
そして、「鳴らしていい?」と私に尋ねる。
それは、成瀬先輩が私の携帯番号にかけるということ?
戸惑っていると、「番号、教えてくれるか?」と成瀬先輩が言う。
私は、頷いて番号を呟いた。

私の携帯が着信を知らせる。
成瀬先輩と同じ着うたが流れる。
画面に映し出される成瀬先輩の電話番号。
携帯を持つ手が震える。
「あ」と成瀬先輩の呟きが聞こえて顔を上げた。
成瀬先輩は私に見えるように、携帯電話を差し出していた。
同じ機種だ。色まで同じ。
二人で顔を見合わせて笑った。









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タイトルは某バンドのミニアルバムより。
補足:成瀬くんはヒロインのこと気になってたから知ってた。
そして、マネージャーであることを知っていると言っちゃって焦ってた。
お互い初対面で知らない人ということに成瀬くんがしたかったので。
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