あなたの姿を追いかけているのが好きでした。

そんな自分も好きでした。

でも、今日でそんな日々とはお別れ。





      [ さよなら、また・・・ ]





登校したら、まず職員室へ向かう。
先生から日誌を受け取り、私は颯爽と教室へ向かう。
「今日もよろしくな」と日直の私に声を掛けてくれた先生の表情は、爽やかな笑顔とは程遠い真剣な表情だった。
いつもは笑顔の先生も、私なんかの転校は気になるものなのかな。

神様は気まぐれなのかな。
今まで一度も一緒に日直をしたことがない彼と、私はペアを組むことになった。
成瀬くん・・・私の、大好きな人。
今まで頑張ったご褒美ですか?
それとも何もできない私を見て楽しむための、悪戯ですか?

見慣れた教室、それも今日でお別れ。
「おはよ」とあいさつをすれば、「おっはー」と朝からハイテンションな返事を聞くことも、今日で最後。
黒板の右端を見れば、日直の名前に目が惹かれる。「成瀬」と「」。
神様は、私に最後の思い出をくれるのかな。





「どうした?」

「ううん、なんでもないよ。気にしないで」

「そうか?」





1時間目の授業が終わって、私は成瀬くんと一緒に黒板に書かれた文字列を消していた。
手の止まった私を見て、成瀬くんは声を掛けてくれた。
成瀬くんとお話しするのはいつ以来だろう。
仲良しというわけではないから、滅多に話せない。
これで最後、成瀬くんとお話しできるのも最後。
もう何もかも最後だから、思い出、たくさん、私の中に刻み込みたい。

成瀬くんの中に、私のことも刻み込みたい。

刻み込めるかな?


永遠に会えなくなるわけじゃない。
けれど、ただ距離が遠くなるだけで、それが永遠の別れのように感じる。
そして、忘れていってしまうんだ。
人間は薄情だから。
だから、深く刻み込んで、少しでも長い間覚えてもらえるように。

今、私が抱えているこの想いも、きっと何年か経てば忘れてしまうのだろう。
中学時代の初恋のことを忘れかけているように。
そして、また新しい恋に出会うんだ。

席について授業の開始を待っていると、ふらりと私の教室を高岩くんが訪れた。
高岩くんは去年同じクラスだったから、少し仲良し。
私の席まで来ると、少し切羽詰ったような表情で話しかけてきた。





「なぁ、。転校するってホント?」

「そうだよ」

「そうだよ、ってそんなあっさりと・・・。みんな知ってるのか?」

「放課後のホームルームで先生は言うって。友達は知ってるけど、他はみんな知らないよ」

「だよな・・・」





高岩くんは渋い表情でどこかを見つめて、足早に教室から立ち去った。
私は、今日転校することを、一握りの友人と、担任の先生にしか伝えていない。
どこから情報を得たのだろう。
不思議に思いながら、授業開始を知らせるベルの音を聞いた。

日誌をパラパラとめくる。
昔の私が書いた日誌。みんなが大爆笑した友達の日誌。
汚くて読めない字。なぜか筆ペンで書かれたページ。
繊細で綺麗な成瀬くんの字。
指で、その上をなぞってみる。
なぞったところで、何も得られないはずなのに、心が満たされた。
恋なんてそんなもんだ。
ほんの些細な出来事で満たされ、些細な出来事に心を掻き乱される。

葉山崎高校での最後のホームルーム。
先生は、残念そうに私の転校をみんなに伝えた。
ざわつく教室。
みんなの視線を浴びて、なんだか居心地が悪い。
成瀬くんの視線は、感じなかった。

最後の教室掃除。
ほうきを持っていると、みんなが話しかけてくる。
掃除が終わっても、みんな声を掛けてくれた。
人がいなくなって、私だけのものになった教室で、ひとり日誌を書く。
先生はいつもコメントを書いてくれるけれど、今日のコメントは見られないだろうな。
誰かに、携帯のカメラで写真撮って送ってもらおうか。
そんなことを思いながら、お気に入りの黒のボールペンで日誌を書いていた。

っ」と名前を呼ばれ、顔をあげれば、そこには成瀬くんがいた。
胸が高鳴る。
成瀬くんは、私から目を逸らすことなく、傍まで歩いてきた。





「昼休みに、高岩から話は聞いてて、が転校することは。時間がなくて、たいしたものが用意できなかったけれど」

「え?これ、私に?」

「あぁ」





成瀬くんは、小さなブーケを私に向かって差し出した。
私への、贈り物。成瀬くんからの。
受け取る手が震える。
中央に咲いた、小さなひまわりが、私に微笑みかけているようだった。
なかなか「ありがとう」という言葉が言えなかった。
嬉しさと緊張で、身体が動かない。





「俺のこと、転校するときにブーケくれた奴がいたなって覚えてくれれば、それだけで救われる」

「一生忘れないよ。忘れるもんか。嬉しくて、どうしようもないよ。ありがとう、本当にありがとう」

「泣くなよ。・・・理性が、吹き飛びそう」

「?」





成瀬くんが、やっと私から目を逸らした。
そして、勢いよく私の肩をつかんだと思ったら、目の前が暗くなって唇には温かい感触。
キ、ス?
呆然としていると、強く抱きしめられた。
最高の思い出だよ。
この後、一生、こんなに幸せになれることってあるのかな。









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成瀬くんにキスされて抱きしめられて…
たまにはこういう話もいいですよね。
高岩さんは、成瀬さんがヒロインちゃんのこと好きなの知ってたので
っていうどうでもいい補足。

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