[ 不可解なバレンタインプレゼント ]





ふと、誰も使っていない一番下の段の靴箱に目がいった。
うっすら埃がかぶっているそこには、平べったい箱が置かれていた。
淡い水色の紙で綺麗にラッピングされている。
今日はバレンタインデー。
嫌というほど、いろいろなものをもらった。
「もらえるものはもらっとけ」そんなふうに言われた。
もらったものは、大きな袋に全部詰め込んだ。
それを抱えて向かった正面玄関の靴箱。

誰かが誰かに贈りたくて用意したのに、渡せなかった。
そんなプレゼントだろう。
俺は、その箱に手を伸ばした。
指先がそれに触れようとした瞬間、誰が誰に贈りたくて用意したのかわかってしまった。

俺の靴箱がある段の一番下に置いた。
俺の目に触れて欲しくて、が置いたんだ。
俺はため息を一つついて、箱を手に取る。
箱についた砂ぼこりを手で払った。
それを抱えていた大きな袋の中に放り込む。
しばらく考えて再び箱を手に取り、自分のスポーツバッグの中にしまった。
気配を感じて振り返れば、が階段の陰にしゃがんで、俺を見ていた。





「私のプレゼントをその他大勢と一緒の袋に入れるなんて、いい度胸だね」

からのものだとわかっただけでもありがたいと思えよ」

「ま、それもそうだね。・・・ありがとう」

「どういたしまして」





放課後の静かな時間。
おそらく、バスケット部専用体育館は賑わっているだろう。
ファンだという女子生徒たちが、たくさん群がっているのだ。
そこを通って体育館へ向かわなくてはならないということが、気分を落とす原因だ。
気乗りしなくて、校舎から人が減る時間にまでなってしまった。

はまだ階段の陰にしゃがんでいた。
こちらに近づく気はないらしい。
何がしたいのだろう。
逆にこちらから近づいてみよう。
そう思い、俺はの傍まで寄った。
階段に腰掛けると、も俺の隣に腰掛けた。
スカートの先には黒いタイツとレッグウォーマーに包まれた足が伸びている。
寒そうだと思うけれど、タイツは意外と暖かいらしい。

「部活、行かなくていいの?」小さな声で俺に尋ねる
部活へ行くことが気乗りしないことくらい、お見通しのくせに。
返事をせずにいると、はクスクス笑う。





「女の子がキャーキャー言ってるもんね。気乗りしないかー」

「わかってるくせに」

「妬けちゃうな」

「そうか?・・・俺が以外の誰かを好きだって言ったか?」

「巧のこと好きな人はたくさんいるけど、その心をうまくゲットできた私は幸せ者だよね。
 こうして、部活に行くのを引き止めて独り占めできちゃうし」





そうか、の狙いはそれだったんだな。
わざわざバレンタインデーに用意したプレゼントを直接手渡さないのは、俺を引き止めるため。
がこんなところに置かなかったら、気乗りしないと思いつつも体育館へ向かっていた。
直接手渡していたら、感謝の気持ちだけ伝えて体育館へ向かっていた。
の不可解な行動があったからこそ、の傍に少しいたいなと思った。

けれど、わかってしまったらの思うようにさせてやるわけにはいかない。
俺は立ち上がった。
は階段に腰掛けたまま、俺を見上げている。
そして「いってらっしゃい」と笑顔で俺を送り出してくれた。

本当はもっと一緒にいたいけれど、いつまでも部活に行かないわけにはいかない。
が淋しいと思っていることがわかったから、今度、必ず、一緒にいられる時間を作る。
それまで、少し我慢していてほしい。

・・・何度、我慢していてほしいと思ったのだろう。
は、何度も何度も我慢していると思う。
それでも、愛想を尽かさずに付き合ってくれている。
バレンタインデーになれば、俺のためにプレゼントを用意してくれる。

ホワイトデーには、今までの分を、それ以上の感謝の気持ちを伝えたいな。









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成瀬くんは、ファンが群がってきてもしれっとした顔してそうな…
と思ったけれど、実はやだなーとか思ってたりっていうお話。
そして、彼女は不思議ちゃん。笑

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