[ 愛 情 を こ め る ]





「成瀬くん!」
落ち着いた声で呼び止められた。
振り返れば、が笑顔でこちらを向いている。
桜散る帰り道。人気のない夕方の葉山の坂。
は「駅まで一緒に行ってもいい?」と俺に尋ね、頷けば明るい表情を見せてくれた。
この笑顔にいつも救われる。
他のクラスメイトとは比べものにならないくらい大人びている
俺みたいに冷めているのとは違う。
大人の包容力があるんだ。
それが、俺との違い。俺がに惹かれる理由。


隣にがいる。
それだけで気分が晴れやかになる。
先程までの暗い世界が一変した。
山積みになった課題にうんざりしていたから。


「最近お疲れだよね、成瀬くん。元気ないよ」
「3年生の課題はあるし、新入生に手を焼いたり、いろいろ忙しいからな」
「妥協せずに頑張ってたら倒れちゃうよ」
「それは高岩に言ってくれ」


高岩の仕事が増えすぎて、こちらにまで仕事が回ってくるようになった。
あいつがさばききれないものは、仲間がさばいてやらねば。
助け合い?
義務感?


突然は両手を強くこすり合わせた。
そして「リラックスできるおまじないだよ」と言って、俺の後ろに回る。
肩がじんわりあたたかくなる。優しさに包まれる。
が俺の両肩に手を載せていた。こすり合わせた手のぬくもりが伝わってきたのだ。


「あたたかいでしょ?」
「あぁ」


ただそれだけで、手の熱が伝わるだけで、心まで温まる。
ニコニコ笑っているの肩に、こすりあわせた手を置いた。
「成瀬くんの手、あたたかいね」と、気持ちよさそうな声が聞こえた。
そうだ、高岩の彼女に教えてやろう。
そうしたら、高岩もきっとうまくやっていけるだろうから。
俺がのおかげで、これからうまくやれそうだから。









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このおまじないは、研修中に健康管理の講義で教わったものです。
「愛情をこめて手をこすりましょう」と言われました。
本当に温かくて気持ちいいのでお試しあれ!

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