[ 泳 げ た い 焼 き く ん ]
高岩に絡まれているは、高岩の存在を空気に仕立て上げて廊下を歩いていた。
ほくそ笑んでは言う。
「女の子追いかけまわしてないで、勉強した方がいいんじゃないかしら、トップクラスから落ちた人」
廊下を流れる空気が凍った気がした。
廊下で談笑していた人から失笑がこぼれる。
前回の中間試験、学年上位十人のトップクラスから消え去ってしまった高岩への皮肉。
放課後の校門への道、の背中を追いかけた。
少し早歩きで進めば追いつく。
「」
名前を呼んだら振り返ってくれた。
校門をくぐって、帰っていくを追いかける。
柔らかい微笑みが冬の冷たい空気を桃色に変える。
残念ながら、この空気を高岩には味わうことは出来ないだろう。
「成瀬くん!帰るの?」
「あぁ、俺も帰るから途中まで一緒に」
「うん。一緒に帰るの久しぶりだね」
は高岩が話しかけてきた内容を事細かに説明してくれた。
からかうつもりで無視しているふりをしていたけれど、笑いを堪えるのに精一杯だったのだとか。
「彼女と別れたばかりで淋しさを紛らわそうとしているんだよ、きっと」と切なそうに言った。
なんだ、その表情は?
同情か?それとも自分も同じ状況になり得ると感じているからか?
俺には別れるなんて気持ちは少しもないよ。
駅前のロータリーに珍しくたい焼き売りの車が止まっていた。
は目を輝かせている。
俺のことなどお構いなしで「たい焼きだー」と言いながら駆けていった。
たい焼きを2つ手にして戻ってくる。
微笑んで俺にそれを差し出す。
湯気があがるたい焼き。手に取ると熱かった。
ポケットから財布をとりだして小銭を漁る。
たい焼きのお金を渡せば、軽く頭を下げる。
たい焼きを食べながら無言で歩いた。
沈黙で想いが伝わるわけじゃない。
そんな高度な機能、人間は持ち合わせていないよ。
「成瀬くんとさ、こうしてたい焼き食べて一緒に歩いて」
「うん」
「幸せだよね、普通に過ごせて」
「ほんとうに、そう」
「高岩くんも、次は幸せになれるといいね」
普段のクールな構えからはそんな言葉を発するとは思えない。
は、優しいのに優しさを前面に出さない。
全ての人に優しくはしない。
そうすることで、自分の身を守ってる。
俺は、どうだ?
誰にも優しくしていない気がする。
に、想いを伝えているか。
彼女の優しさに甘えていないか。
想いが見えなくなったら、きっとは優しくしてくれなくなるだろう。
があのとき見せた切ない表情は、俺が優しくしていないから見せたのだろうか。
だとしたら、このままでいればが俺の傍にいなくなるのは時間の問題だ。
だったら早く、行動を。
何かを起こせ。
もう、分かれ道に来ている。
は俺に手を振っている。
背を向けて姿を小さくしている。
何も、できなかった。
次に会うときまでに、対策を。
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もっと幸せな感じにしたかったけれども、
私には成瀬くんはこんな話でしか書けませんm(_ _)m