[ も も い ろ い ち ご 通 り ]





コンビニの壁にもたれて、視線を空にやって、大きく吐いた息が世界に白く描かれて。
真っ黒でさらさらの髪の毛が風になびいて、鋭いのにどこか優しい視線がこちらに送られてくる。
私は小さく手を振って、成瀬くんの元に駆け寄った。
「おはよ」と私の小さい声が世界に響く。
「おはよう」という成瀬くんの凛々しい声が、私の耳に届いた。
当たり前の会話、当たり前の日常、でも緊張の毎日。
成瀬くんと私が恋人同士になれるなんて、誰が想像した?

登下校を共にできるのもあとわずか。
高校卒業目前。来週からは、受験に向けて3年生は休みに入る。
一般入試に向けて、私も勉学に励むことになる。
でも、今だけは、せめて成瀬くんと一緒にいる間だけはそんなこと忘れさせて。
手に持っていた英単語帳をかばんにしまった。



「いいのか?勉強しなくて」
「うん、いいの。休憩ー」
「息抜きも必要だからな。と違って抜きすぎてる奴もいるけど」
「ははは、高岩くんでしょ?大学入るまで勉強はしないって宣言してたもんね」
「入ってから痛い目見るのはあいつだからな」



「がんばれ」とか、「あと少しだ」とか、そんなことは一言も言わない成瀬くん。
言えないのか言わないのかわからないけれど、それが成瀬くんの優しさなんだってことはわかる。
きっと、成瀬くんといる時間は休憩タイムだということをわかってくれているのだと思う。
会話が全てじゃないんだ。
一緒にいること、想いあうこと、考えること、それが全て。
受験勉強で会えなくても、想いがあればどんなことも乗り越えられる。
強くなれる。

普通の幸せかみしめて、普通の生活送って。
普通、普通って言うけれど、今起きていることは全部存在する事実であって空想じゃないから、普通ってことだよね。
空想の世界は普通じゃないよ。
だから、こうやって成瀬くんと一緒にいられることは普通のこと、ありえること。
それだけで、もう十分満足してしまう。
幸せすぎて心がグチャってつぶれてしまいそう。

春になったら桃色に輝く桜の木の前を通り過ぎた。
成瀬くんはかばんの中から小さな箱を取り出した。
よく見かけるそれは、アポロチョコの箱。
成瀬くんは私の手を掴み、手の平にチョコを3つ載せた。
アポロを口に運んだ。
桜のような色。甘い味。
目を閉じると桜咲く道が目の前に広がっていた。
きっと、大丈夫。
私の春はそこまで来てる。あとは、私が一歩進んでその世界に飛び込むだけ。

「ありがとう」と感謝の言葉を伝えた。
黙ったまま、成瀬くんは私の手にアポロの箱を握らせる。
「アポロはのお守りにあげる」成瀬くんにそう言われると、背中をぎゅっと押された気分だ。
勇気が湧いてきた。
戦えるのは私だけ。空いた右手で拳を作る。ぎゅっと握ると力が湧いてくる。



は、少し頑張りすぎるからな。不安なのはわかるけど、笑顔になったほうがいいよ」
「そんなに、顔こわばってる?」
「最近、の笑顔を見てないなと思っただけ」
「笑えないよー。受験生だもん。この世の全てがライバル・・・」
「力みすぎ」



ちょん、と成瀬くんは私の眉間を指で突く。
力みすぎるのが私のクセ。
その余分なチカラを抜いてくれるのが成瀬くん。
ちょっとだけ、笑顔になれた気がした。
笑顔な受験生を目指します。
受験が終わったら、もっと笑顔になれますように。









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すべての受験生に捧げます。

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