[ わ す れ も の ]





気づいたら午後の2時。
まだ俺はベッドの中にいる。
そうだ、眠ったのは明け方だった。
数日前に風邪をひいてしまい、できなかった宿題の山を片付けていたらそんな時間だったのだ。
外は雨らしい。
雨音で、家の中の音がよく聞こえない。
ねぼけたままの頭を抱えて部屋を出ようとした。
けれど出なかった。1歩後ろへ下がる。
カレンダーを見た。今日は何日だ?カレンダーに印がついているのは今日か?
目を凝らしてよく見ると、『13時 駅前広場』と書かれている。

待ち合わせ。
誰と?
俺が待ち合わせをするのはぐらいしかいない。
との待ち合わせをすっぽかした。
顔が青ざめる。
役立たずの携帯電話は電池が切れていた。
充電器と携帯電話をつないで、俺は洗面所へ向かった。
顔を洗う水は冷たい。
リビングには誰もいない。人の気配は感じられない。
テーブルの置き手紙。両親の外出を知らせている。

来訪を知らせる呼び鈴が鳴る。
何も考えずに扉を開けて外に出た。
雨が降っているのに、傘もささずに人が立っている。
来訪者は、悲しい目でこちらを見ていた。
ただ「ごめん」としか言えなかった。





「メールしても返事なくて、電話しても電波の届かないところか電源切れてるって言われて。
 雨降ってきたけど傘持ってなくて。結局来ちゃったよ、家まで」

「ごめん。とにかく、あがって」

「うん。言い訳はあとでゆっくり聞いてあげるから」





玄関にを入れる。
バスタオルとジャージを渡した。
お湯を沸かして熱い紅茶を入れる。
リビングのテーブルにそれを置いた。
湯気が天へ昇ろうとして消えていった。

約束を破るなんて最低だ。
約束を忘れるなんて最低だ。
例えそれが誰であっても。
ならば尚更だ。
合わせる顔がなくて、俯いていた。

「で、どうしたの、今日は?」と俺に尋ねる
口調も表情も穏やかで、俺は驚いた。





「寝たのが4時くらいで、さっき起きた」

「珍しいね。何してたの?」

「宿題」

「・・・・・・そっか、この前、風邪ひいてたもんね。しょうがないか。宿題の方が大事だもん」

「そういうつもりじゃなかっ・・・」

「ごめん、私もそういうつもりで言ったんじゃなくって」





なぜ、は慌てて謝ったのだろう。
怒って当然なのに、怒っているなんて微塵も感じさせない佇まい。
くるくる回る頭の中は、セリフを整理する。
は「宿題が大事だ」と言った。
俺は「より宿題が大事だ」という意味だと理解した。
けれど、はそんな意味をこめてはいなかった。
こういうことだ。

なんだか今日はうまくいかない。

の表情をうかがった。
目が合えば微笑んでくれる。
酷いことをしたのは俺なのに、ここまでよくしてくれるのはなぜだろう。
考えても、俺の頭では答えが出ない。





「考えすぎだよ、巧。眉間に皺がよってるー」

「怒らないのか?」

「怒ってもしょうがないじゃん。もう終わっちゃったの。今度は待ち合わせすっぽかさないでね。
 風邪ひいたり、いろいろ調子悪かったんだよ。今日のことは忘れて、これからがんばってこ」

「ポジティブだな」

「もちろん、それに見合った埋め合わせは必要だからねっ」





最後の微笑みだけは、悪魔の笑みにしか見えなかった。
素直に「はい」と返事をしたら、無邪気に笑うがそこにいた。









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成瀬くんだからこそ、約束すっぽかしたりしそう。
悪気はないんだけど、こんな感じでね。
青ざめる成瀬くんが見てみ隊。笑
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