見たことのない笑顔を見せられて、どうしようもない俺は見なかったことにした。

事実は、消えることのない現実なんだ。





      [ マ イ ペ ガ サ ス ]





「いってらっしゃーい、成瀬っ」
放課後の廊下に、甲高い声が響く。
耳に痛いほど突き刺さる声。
振り返ると、ほうきを持ったが手を振っていた。
あふれる笑顔に心を動かされる。
の後ろにいたクラスメイトは、ちりとりでの頭をポンと叩いて「掃除をしろ」と促す。
片手を軽く挙げて別れの合図をした。
俺は、今から部活だ。

バスケットボールを追いかけて、夢から覚める。
ここは現実の世界だ。
の声が聞こえたのは過去のこと。
夢なら、ベッドの中で見ればいい。
現実から逃げるだけだ。何も変わらない。
俺は、魔法使いじゃないから、何にもできないんだ。
ただ、現実と向き合うだけ。

わかっていて追いかけるのは、頭が悪いからだろうか。
そんなことはない。そう信じている。
一握りの可能性を信じているんだ。
が、振り返って俺を見てくれることを。

そう思えたら、俺も少しは強いと言えるのに。

見慣れたの顔で、見慣れない服装をして、見慣れない男を隣に伴って。
見たことのない笑顔を見せられてしまえば、俺は諦めることしかできなかった。
に好きな人がいても、のことを大切にしたいという気持ちは消えないはずだったのに。
の好意が俺に向かないとしても、のことを思い続けるはずだったのに。
人間はうまくいかない。
考えることと実行することは違うから、うまくいかないんだ。

のことは諦めた。
一瞬で、積み上げてきた気持ちはどこかへ消えたようだ。
どれだけ大きな掃除機で吸い上げたのだろう。
俺のことを圧迫していた気持ちは、本当に消えてしまった。
不思議なくらい、身体が軽い。
大空を飛べそうだ。どこへ行こうか?どこへでも行けるだろう。

本当に、どこかへ行けるだろうか。
今の俺に、行きたい場所なんてない。










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失恋して、次の恋を見るために飛び立とうとする成瀬くん。
でも飛び立てないのは心に傷を負っているから。
みたいな。。。
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