[ 手 を つ な い で 歩 こ う ]
少しでいいからその笑顔に近づきたかった。
ほんの少しでいいから。
スキップして雨上がりの坂道を下る。
転ばないか心配になるが、俺の心配を他所に、は鼻歌を歌いながら軽快なステップを刻む。
後姿を眺めながら、俺は少しずつ足を進める。
急に足を止めたは、振り返って俺を見る。
笑顔を振りまいて。
俺が隣に並ぶと、は俺の手をとる。
手を繋いで歩く坂道は、3年間見てきた馴染みの道。
もう、毎日のようにこの坂を上ることもない。
こうして、と並んで歩くことも減るだろう。
高校を卒業したら、みんなバラバラになる。
進路は違えど、心はここにあるけれど。
「もう卒業だね」
「あぁ、早かったな」
「うん、早かった。あっという間に過ぎてった」
目を伏せがちしながら口元を緩める。
頭の中を思い出が駆け巡っているのだろう。
と出会って、世界が広がった。
いろんなものを得た。
俺は、それ以上のものをに与えられただろうか。
このままずっと、の傍にいてもいいのだろうか。
俺は、にとって必要な人間だろうか。
空には白い雲がわたあめのように浮かんでいる。
時間と共に、雲は東へ流れていく。
俺たちも、ただ流されるだけなのだろうか。
違うはずだ。
ちゃんと、地に足をつけている。自分の力で歩けるはず。
だから、俺も、に手を引かれて歩くだけではなくて、自分の力で歩きたい。
手を繋いで、並んで歩きたい。
ほんの少しだけ目を閉じた。
真っ暗な世界がどこまでも続くんだ。
それでも歩いていける。
それは、俺が歩こうとしているから。
歩こうと思えば思うほど、歩けるようになるんだ。
たとえ、に手をひかれていようが。
「卒業したら会える回数は減ると思うけど、好きっていう気持ちがあればどうにでもなるよね?」
「あぁ、離れていても、好きならどうとでもなるさ」
「じゃあ、私たちは大丈夫だねー」
ニコニコ笑う。
俺の手を離して、またスキップする。
坂の終わりはすぐそこだ。
のスカートが舞う。
春はそこまできている。
あと少しで4月。
あと少しで卒業式。
あと少しで、坂道は終わる。
俺たちは終わらない。
の笑顔に、きっと近づける。
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そういう季節ですね。
別れの3月。出会いの4月。
いい出会いがありますように。