[ カ オ ス ]





取り巻いていた時間も空気もどんどん変わっていく。
変わらないことといえば、私という存在があるってこと。
それくらい。
あとは、私の報われない気持ちがあるってこと。
あの人を振り向かせること、できますか、私に。
ハートを射止める確率0%。
矢をはずす確率100%。
ダメだこりゃ。

同じように見えて、少しずつ違ってるいつもの朝。
背伸びをしたら、少しだけ空に近づいた。
でも、手を伸ばしたって空には届かないし、雲はつかめない。
むなしくなって、手を下ろした。
私は、この手に何をつかみたいのだろう。
手の上に何かを転がせるだろうか。
やりたいこともわからなくて、ただ流されてずっと生きている私には、何の目的もない。

小さい頃、将来の夢はお嫁さんになることってキラキラした目で言ったっけ。
簡単そうで、難しい夢。多分、誰にとっても難しい夢。
相手がいないのに、結婚してお嫁さんにはなれないよ。
ねぇ、恋愛と結婚は別だって言うけど、彼氏さえいない私なんかが結婚できるわけないじゃない。

まとまらない思考。
夢見がちな私は、足元を見れなかった。
葉山の坂ですっころんだ。
かばんを坂に滑らせ、地面にぶつけた手のひらに傷がはいり、すりむいたひざには血がにじんだ。
砂で汚れた制服のスカート。
汚れた手ではらっても、スカートはきれいにならないよ。
そんなことはわかってる。
もう、どうでもよくなっていた。
涙がにじんだ目じゃ、よく見えないから。
瞬きすると、涙が頬を伝った。
目の前に、人がいることにも気づかなかった。





「道の真ん中に突っ立ってたら、危ないだろ」

「う、ん」

「ほら、かばん」

「う、ん」





誰と会話してるかなんてわかってない。
ただ、もう私には返事しかできなくて、言葉を理解することはできていなかった。
手を引かれて、道の端へ導かれる。
目の前の人は、私のかばんを差し出しているはずだ。
けれど、かばんを自分から受け取ることができず、その人は私の腕にかばんをかけてくれた。
何もできない赤ちゃんみたいだ。
思考回路に信号が送り出される。
「ごめんなさい、ありがとうございます」とおじぎをして顔をあげてみた。
成瀬が立っていた。
再び、私の思考回路の信号がゼロになった。
合わす顔がなくて、顔を手で覆ってその場にしゃがみこんだ。

転んで泣いて、こんなに取り乱した私はどうしたらいいのだろう。
大きく息を吐いても、心は落ち着かない。
「大丈夫か?」と尋ねられて何度も頷く私。
「大丈夫なわけないか」と成瀬は言い、私の頭をなでてくれた。
ゆっくり、ゆっくり、やさしく、やさしく。
少しずつ、心が落ち着いていくような気がした。

「帰れるか?それとも、帰りたくない?」
うん、帰れる。私は返事をする代わりにゆっくり立ち上がった。
涙でぐしゃぐしゃになった顔に空気を触れさせる。
恥ずかしいけれど、それが自分のしたこと。
「ごめんね」と成瀬に謝った。もちろん笑顔つきで。
「笑ってるほうがいいよ、は」と言われた。
褒められるとドキドキする。

私のことを放って行くのかと思ったけれど、成瀬はずっと私の隣を歩いている。
何も話さず、ただ歩くだけ。
これが成瀬の優しさなんだろうなと思うと、笑顔がこぼれた。





「優しすぎるよ、成瀬は。何にも話さないなんて」

「どうして?話さないのが優しさか?」

「こんな状態で私が話せるわけないじゃん。会話できないのわかっててそういうこと言わないの!」

「そうか」





この人は、不器用なのか、確信犯なのか。
真っ赤なままの目。
泣いて腫れた目元は元に戻らない。
そんな顔でも、笑顔になれるんだ。





「ぐちゃぐちゃの顔で笑うのも、悪くないな」

さらりと酷いこと言わないでよ。





だから、そういう顔でも悪くないんだよ」

それは期待してもいいってこと?










**************************************************

なんか、こういう話ばっかね、私が書くのって。
もうコメントのしようがない・・・。

inserted by FC2 system