[ GOOD-BYE and GOOD-NIGHT ]





当たり前のことなんだろうけど、それすらできていなかった。
基本を怠るな。
初心、忘れるべからず。
頭の中から消え去っていた。

もうだめなんだろうなと気づいたのは最近のこと。
どうしようもない。
ぽっかり開いた穴は、もう埋められないようだった。

俺のいいようにのことを利用していただけ。
話を聞いて欲しいときに連絡をとって、会いたいときに会って。
それ以外は接触しない。
相手の望みなんて知らないと思っていたけれど、相手の望みを聞くことすらしていなかった。
に何かしてあげよう、の望むことをやろう、そういうことが一切なかった。
自然消滅に近い。
俺との距離は、開きすぎた。

学校の廊下で出くわす。
「おはよう」と社交辞令のようなあいさつが交わされるだけ。
あとは何もない。
立ち話をするわけでもなく、相手を気遣う言葉もなく、自分のことを伝えることもなく。
これが、全部原因だ。
お互い、歩み寄ろうとしなかった。
いや、俺が歩み寄ろうとしなかった。

休み時間、与えられた宿題を解いていると、高岩がわざわざ俺の元にやってきた。
他のクラスから、しかも端から端まで来なくてはならないから、ご苦労なことだ。
それで、第一声がこれだから、教室中の目を惹くことになるわけだ。





さん、もらっていいわけ?」

は、俺の所有物じゃない」

「本当に付き合ってんの?他人みたいな言い方だよな」

「もう、付き合っているとは言えないだろうな」





高岩がに惚れ込んでいることは知っていた。
だからといって俺が遠慮するわけでもなく、俺は俺でが好きだから付き合っていた。
どこへいったんだろうな、あの頃の気持ちは。
のことが好きで、大切にしようと決意したことも、全部どこかへいってしまった。
こういうことは、俺にはむいていない。
バスケットを守ることでいっぱいいっぱい。
手からこぼれ落ちたのは、だったんだ。

高岩は呆れた顔で突っ立っていた。
俺は机の上に広げた教科書とノートをにらみつける。
シャープペンシルを握る力が、どんどん強くなる。
それだけ、ただそれだけ。
シャープペンシルが文字を描くことはなかった。
わかっていたことを他人から指摘されることで、事実を突きつけられたように感じた。

後戻りはできない。
今、やらなくちゃいけないことは、を俺の彼女という位置づけから解放してやること。
俺が言うまで、きっとは束縛をほどこうとはしないだろう。





こういう話は直接会って話すべきだ。
もちろん、時と場合、相手によるけれど。
どう呼び出そうかと考えながら、俺は部活帰りの薄暗い道を歩いていた。
街路樹がざわめく。
街灯がチカチカ点滅する。

何を伝えればいい?
どうやって伝えればいい?
縛り上げた縄の解き方すら知らないんだ、俺は。
なんて馬鹿なんだろう。

時間だけが過ぎていく。
気づかなかった。
気づけなかった。
考え事に夢中で、隣に人がいるなんて。

ぎょっとして距離を置こうとしたけれど、顔を見てその必要はないと判断できた。
だったから。
不思議そうな顔で俺を見ていた。
それもそのはず。
きっと長い間、俺は隣にいるの存在に全く気づかなかったから。





「考え事してたの?ぜんぜーん、あたしのこと気づいてくれなかったし。やっぱり愛がたんないよね、タクミは」

「本当に、その通り、だな。愛が足りなさすぎる」

「わかってたんだ。確信犯?」





ゆっくり首を振って否定すれば、は視線を足元に落とした。
多分、確信犯だと答えれば、は納得できたのだろう。
に対する思いやりのなさ、それは、俺自身、最近になってやっと気づいたのだから。
確信犯のほうがまだマシだ。俺は最低なことをしていたのだから。

友達と残って勉強をしていたは、疲れた様子だった。
多分、半分以上、俺の発言のせいだけれど。
は、急に俺の手を握った。





「タクミはさ、あたしのこと、いいオモチャだと思ってた?違うよね、愛し方がわかんなかったんだよね、ね?」

「いいオモチャなんて思ったことは一度もない。ただ、自分に都合のよいときだけ接触しようとしてた。
 結局、俺にとってのいちばんは、バスケットなんだって、痛いほどわかった」

「うん、わかってた。どうがんばっても、あたしはバスケットには敵わないって」

「好きだった、のことが。何よりも大切にしようと思ったけれど、大切にできなかった。
 悪かった、振り回して。もう振り回さないから、俺のことは忘れてくれればいいから」

「ありがとう。あたしも、タクミのこと、大好きだったよ。ううん、これからもずっと大好き。いい友達になれるよね」





俺は、感謝の言葉を述べられて驚いていた。けれど、ゆっくり頷いた。
いい友達になれればいいなと。
頷くと、は笑顔で頷き、握っていた手を離した。





さようなら

おやすみなさい

また あした

げんきにあおうね









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最後のフレーズ。気に入ってます。
さよならは単なる別れの言葉じゃないってこと。
明日に繋がるってこと。

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