一度はどこかで見たことある顔なのに、どこで見たのかさっぱり思い出せない。

 名前を聞いてもピンとこない。

 俺の思い過ごし、か。

 それ以来、考えるのは止めてクラスメイトとして普通に接していた。

 バスケ部専用体育館で、いつも子供の成長を見守る母親のような表情を浮かべている、あの子と。





      [ 覚 え て る ? ]





「もうすぐ今年も半分終わっちゃうんだねー。3年生は始まったばっかりだけど」

「もうすぐと言ってもまだ5月だろ」

「でも、もうすぐ6月になって7月になるんだよ。もうすぐ、半分終わるの!
 成瀬はもう少し頭をやわらかくしたほうがいいよー」





的確に指摘しても、きちんと切り返してくるすごい奴。
彼女、は、天然だと言われているけれど、話してみると物事の論理をきちんと考えている頭のいい奴だ。
本当に、以前どこかで見たことのある顔。けれど、どこで見たのか全く思い出せない。

毎日、放課後の体育館にやってくる、
友達と一緒に、大勢のギャラリーに混じって練習風景を見ている。
誰を見ているのかわからない。誰か特定の人物を見ているのかさえも、正直言ってわからない。
けれど、いつも子供の成長を見守る母親のような表情を浮かべている。
ということは、誰かが成長しているところを見ているのだろう。
一体誰だろう。
・・・まず、高岩ではない。
なぜなら、俺と、高岩の3人で話していたときに、は高岩の練習風景は目に入らないと言っていた。
つまり、高岩を見ていない。

そんなことを考えているという時点で、俺がのことを気にかけているのがよくわかる。
よくわからないけれど、と話していると気持ちがほぐれる。リラックスできるんだ。
今は同じクラスで、席が隣同士。
毎朝は、昨日の練習はどうだったとか、あの時の俺はどうだったとか、いろいろ報告してくれる。
それが俺にとってかなりプラスのアドバイスになるから、毎朝話すのが楽しみだった。

ところが、皆勤賞ものでバスケ部の練習を見に来ていたが、ついに練習を見に来なくなった。
自然と、会話することも減ってくる。
宿題の話、授業の話、進路の話。勉強のことばかりだ。
高校3年生、受験生。
放課後はすぐに家か図書館で勉強するのだろう。
体育館でのあの微笑みを見られなくなり、少し淋しい気持ちになった。
いつも傍にあったから?別に彼女は俺に向けて微笑んでいたわけではない。
そんな雑念は邪魔だ。自分のことに集中する。

ある日、珍しくの姿を放課後の体育館で見つけた。
今まで以上に、練習風景を見ていることを楽しんでいるようだった。
「頑張っている姿は、絶対誰かが見てくれている。その人は、感動してるんだよ」と言われたことを思い出した。
も、誰かを見ている。そして、感動しているんだ。





「昨日、久しぶりに練習見に行ったの」

「あぁ、久しぶりにいたよな」

「あれ、私に気づいてたの?」





のことばかり見ていたとは言えず、何か理由を伝えようとしたけれど、いいものは浮かばなかった。
は目を細めて、昨日のことを思い出しているようだ。
口元が緩んでいた。





「受験生だし、放課後の時間も有効活用しないとねって思ったけど、やっぱり最後まで見届けたいし」

「何を見届けるんだ?」

「え、あ、や、うーんと、えーっと、その・・・・・・。あ、うん、バスケ部のこと」

「?」





「うんうん」とは頷いていた。俺の頭の中にはクエスチョンマークが浮かんだままだ。
同じ学年として、引退するまで見届けたい。
1年生のときからずっと、体育館に通いつめて見ていたから。
誰も認めてくれないだろうけれど、自分も部員のひとりなんだ。
はそう話していた。
そういえば、1年の頃からずっと、俺はの顔を知っていた。
名前を知ったのは2年生で同じクラスになってから。





「っていうかさ、成瀬は私のこと覚えてないの?」

「は?」

「覚司とは幼馴染って知ってるでしょ?幼馴染ってことは近所に住んでいる。ということは中学が一緒。
 なんで覚司のことは覚えていて、私のこと覚えていないの?
 覚司と一緒に成瀬の試合、見に行ったこともあるのにさー」

「あ!思い出した。・・・ちゃんと、覚えてる」

「遅いよ、もー」





覚えてる、覚えてる。
高岩の試合がある日はいつもギャラリーに混じっていた女の子。
高岩のことを大声で応援しているのに、よく俺と目が合った。
いや、俺だけ目が合ったと思っているかもしれない。

始業を知らせるチャイムと同時に、数学教師が部屋に入ってきた。
は机の上に広げていたノートを1枚ちぎり、何かを書いて俺に渡した。
『成瀬のことずっと見てたんだから』
どうして俺のことを?
その疑問をの書いた文字の下につづる。
『どうして俺なんだ?』
教師が説明しているすきに、俺とは筆談する。





『どうしてだと思う?』

『わからない』

『知りたい?』




知りたいと書くべきか、ポーカーフェイス装って別にと書くべきか。
悩んでいるうちに、は俺の前からノートの切れ端を奪って何かを書いていた。





『だって成瀬かっこいいんだもん ずっと見てたんだよ 中学のときから 私は成瀬が好きです』





驚いての顔を見ると、にっこり笑っていた。
いつも体育館で見せていた表情は、俺に向けていたのか。
どう返事をしようかと深く考え込んでいた。
確かに、俺はのことが好きだ。
けれど、つきあってほしいという思いはあまりない。
ただ一緒にいて、いつものように話ができれば、今はそれでいい。
『俺もが好きだ』
そう一言書いた。
はそれを見て、また笑ってくれた。
返事はなかった。
多分、俺と同じように考えているからだと思う。
つきあうことより、いつものように話をすることが大切だと思っているから。

数学の授業が終わり、俺達はいつものように向かい合っておしゃべりをしていた。
今までより、心が通じ合っているような気がした。









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ネタが降ってきて、1日で書き上げたという珍しい作品。
高岩さんと成瀬くんの出会いのお話が、かなり好きなので。
あれはマイナスナンバーに値するお話だと思う。

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