[ 受 験 生 の 悩 み 事 ]





「ねぇ、成瀬。このままでいいのかな?」

が何を言っているのか理解できず、何か言葉を発さねばと思い口を開いたところで目が覚めた。
俺はベッドの中にいて、掛け布団は半分ほど床にずり落ちていた。
ちょうど、携帯のアラームが鳴り始めた。
時刻は5時半。重たい頭を抱えて俺は起きる。
早朝ランニングをしても、さっき見た夢が気になって頭から離れなかった。

3年生の12月。師走という名のごとく、先生達は生徒の進路で奮闘していた。
スポーツ推薦で大学が決まった俺や高岩はひたすら自主トレーニングをし、たまに後輩達の部活に混じって練習する。
は、推薦のない国立大学を目指していたから、センター試験に向けて基礎から勉強していた。
休み時間になれば、他の連中と一緒に英単語の暗記に付き合わされる。
俺は単語帳を開いて問題を出す。
皆、頭の中の自分のノートを開いて単語の意味とアルファベットのつづりを調べる。
ノートが消えかけていたら書き直す。書いてなかったら書き足す。書いてあったら太くデコレーションをする。
そうやって、休み時間すら無駄にせぬよう過ごしていた。
夢で言われたことが気になったけれど、はいつもと変わっていなかった。
途中、高岩も英単語暗記会に飛び入り参加した。
皆、楽しそうに勉強していた。

今日は、放課後の部活で紅白戦をするからぜひ来て欲しいと後輩に頼まれ、俺と高岩は体育館へ向かった。
体育館の横でに会った。担任の先生を探してうろうろしていたらしい。
「紅白戦?」と尋ねる。俺は「あぁ」と答える。
「じゃー、私は帰って勉強するね」と笑顔で言う
「途中で寝るなよ」と言えば、彼女は顔をふくらせて校舎の中へ歩いていった。
高岩は不思議そうな顔をしていた。
「彼女なのに苗字で呼んでるし、彼女も成瀬のこと苗字で呼ぶよなぁ」
付き合って1年経つけれど、苗字で呼んでいる。
それが日常だから疑問に思ったことはない。

Tシャツとハーフパンツに着替えて紅白戦に挑んだ。
後輩達を見た感想は、あまり上達が感じられなかった、ということだけ。
高岩も同じように感じていて、「現状維持してても、何にも変わらない。もっと上を目指せ」と指導していた。
確かに、現状維持じゃ何も変わらない。

部活を終えて携帯を見るとメールの受信表示が1件。
からのメールで「今度の土曜日、甘いものが猛烈に食べたい」とデートの誘いだった。
たまには息抜きしないといけないだろうな、受験生も。





午後2時。駅の前で待ち合わせ。
駅へ行くと、が既に待っていた。
デートだと言っても、英単語帳を広げているのは変わらない。
ため息が思わずもれる。それを見て、はふくれっ面になる。





「いいじゃん、単語帳見てても」

「受験生丸出し。時間がないのはわかるが・・・少しは休んだほうがいいだろ」

「だから、ケーキ食べに行くんでしょ、今日。待ち合わせまでの時間つぶしはまだ私の勉強時間だよ」





微笑んでるようでも、なんだか苦し紛れに出す微笑みに見えた。
出口の見えない道、明かりがなくて、手探りでさまよう。
何をしていても、心ここにあらず。
もう一度、俺はため息をつく。
隣を見れば、前を向いて歩いているがいる。
俺の視線に気づいて、こちらを向く。
きょとんとしているの手をとり、早歩きになる。
訳がわかっていないは、「あ、ちょっと待ってよ、成瀬ー」と引きずられながら言っていた。
人が増えてきて早歩きではいられなくなり、俺はペースを落とす。
はやっと俺の隣に並んだ。
彼女は何か言おうとしていたけれど、俺が先に話すと「う、ん」と小さく頷いた。
「今だけは受験のこと忘れろ。何のためにこうしているんだ?」

ケーキを目の前にすると、はいつも別人になる。
目をきらきら輝かせて食べるケーキを選んでいた。
今、俺の目の前で幸せそうにケーキを食べている。
少し安心した。
おいしいものを食べているときでさえ、受験のことで頭がいっぱいになるほど追い詰められていないようで。
できるだけ、受験に関わる話はしないでいたのに、隣の客がそれをぶち壊すように、受験の話をしていた。
耳を塞いだって聞こえるものは聞こえるんだ。
は、ケーキを食べる手を止めて、フォークをケーキにつきさしたまま目線を下に落とした。
本日3度目のため息をついた。





「ねぇ、成瀬。私、このままでいいのかな?」

今朝、夢の世界で聞いた言葉。このことだったんだな。
の悩みが、俺の夢の中にまで飛んできたんだ。





「何がこのままだったらダメなんだ?」

「ずーっと勉強しているのに、11月の模試も夏休み明けから成績変わってないし。
 それはランクを下げろって神様が言ってるのかなぁって思ったの。
 勉強してもしてもしても、成績なかなか上がんないし、もうこれ以上何をやったらいいかわかんないよ」

「成績が変わってない・・・上がっても下がってもいないということか?」

「そ。あと1歩がないんだよね、きっと」

「応用力が足りないのは基礎ができていないからだろ?
 今更かもしれないけれど、もう一度、1年の基礎からやり直して下から押し上げればいいんじゃないかな」





自分で言って、「下から押し上げる」という考え方はいいものだなと思った。
上から引っ張りあげるには、上に誰かがいないと無理だ。
受験戦争で、上から引っ張りあげてくれる人なんて存在しない。
自分の力で下からはいあがらなくてはならないから。
は俺の意見に感心して、目を大きく開いて喜びの表情を出していた。
「ありがとう」
最高の笑顔と共に言ってくれた。





冬休みは終わり、3学期が始まった。
相変わらず、俺達は休み時間になれば英単語帳を広げて勉強会を開いている。
参加者はどんどん増えて、クラスの大半が一緒になって勉強していた。
冬休みを乗り越えて、は成績を伸ばしていた。
「どれもこれも、成瀬とケーキ食べに行ったおかげだよ」と。
俺は何もしていないけれど、が少し元気になったように感じて、俺も安心した。

3年生の3学期は午前中で授業が終わるよう特別授業の時間割が組まれる。
センター試験は明日。
いよいよということで、皆、気合が入っていた。
もそのうちのひとりだ。
気合が入りすぎてから回りしている部分もあるけれど、それを指摘すれば冷静になった。

3学期はと一緒に帰るのが日課になっていた。
もうすぐ、こうやって制服を着て一緒に高校から帰ることもなくなる。
長いようで短かった3年間。
いつの間にか、は俺の学ランのすそをぎゅっと掴んでいた。
緊張しているのだと思う、明日のセンター試験のことを考えて。
リラックスさせる方法をあれこれ考えてみたけれど、あまりいい案が思いつかなかった。
とりあえず、手をつないでみた。
すると、はさらに俺に身体を寄せてきた。
余程、緊張して身体が固まっているらしい。
そっと、優しく、キスをした。
は俯いて黙り込んでしまった。
俺はため息をつく。
何度、のことでため息をついたのだろうか。





「受験が終わるまでゲームもマンガも我慢しようって決めて、ずっと守ってたのに。
 テレビは我慢できないから控えるくらいにしてて、ちゃんと見る番組減らしたのに。
 なのに、成瀬ともっと一緒にいたいっていうのだけは、我慢しようと決めたのに、全然我慢できないよ」

「そういうもんだろ。無理に押さえつけても爆発してしまうから」

「そっか、そだね」





にこりと微笑んで、は俺と手を繋いでいる腕を大きく前後に振る。
まるで、幼稚園児の遠足のように。
こいつは笑っているのがいちばんいい。
大学の合格を決めて、もっと笑って欲しい。









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冒頭の勉強風景は、冬休み前の高校時代の実話。
けれど、冬休み明けは誰もそんなことしてなかった。
多分、諦めたのか勉強することに疲れたんだと思う。みんな惨敗してたけど。
勉強と恋愛の悩みが受験生にはあるよな、と思って書きました。

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