[ adult and child ]





宿題を学校に忘れて帰るなんて、私はなんて馬鹿だろう。
そして、宿題を出されたことに気づいたのが、眠ろうとベッドに入ったときだというのも間抜けなものだ。
明日は早起きして学校へ行って宿題しなくては、と思いながら目覚まし時計をセットする。
ついていないことは、宿題を出された授業が明日の1時間目だということ。
朝しかする時間は無い。

目覚めて、雨戸を開きまだ日が昇っていない街を眺めて。
いつも通り顔を洗って食事を摂って仕度をして、家を出た。
意外と早く仕度が整ったから、予定より早めに家を出られた。
電車に乗って、いつもの景色を眺める。
そして、いつもの道を歩き出す。
・・・・・・そして、いつもの坂を登りだす。名物、葉山の坂。急すぎて自転車では登れない。

ゆっくり坂を登る。
何人もの人に後ろから抜かされていく。
皆、学ランかジャージを着た男の子ばかりで、部活の朝練に向かうのだとわかる。
抜かされてばかりで情けなくなり、少し張り合ってみようということでペースをあげてみた。
特に意味の無い行為だけれど、早歩きすると気分がよくなった。
一人でニヤニヤ笑っていると、「何がおかしいんだ?」と声がして驚いた。
顔を上げると、成瀬がいた。





「わーお、成瀬クンじゃないですか。マジびっくりしたー」

「おはよう、今日は早いんだな」

「数学の宿題忘れちゃってさー、今日に限って1時間目だしね」

「昨日のは簡単だったから、ならすぐ解けると思うな」





高岩だったら、「マヌケだなー、。宿題くらいちゃんと持って帰れよ」と軽口を叩くだろう。
本当に成瀬は同い年なのだろうかと疑いたくなるくらい、とても大人びていて私は尊敬している。
もちろん、学生証に書かれた生年月日は私と同い年だということを証明していたけれど。
一人でニヤニヤ笑って、気味悪かっただろうな、さっきの私は。
それでも、あまりつっこんで細かいところまで尋ねてこないのは、触れて欲しくないことがわかっているからだろうか。
考えすぎかもしれない。
私は成瀬の側面しか見ていなくて、本当は前から見たら大人でもなんでもないのかもしれない。
「どうかしたか?」と声が聞こえて我に返る。
「ううん、なんでもないよ」と手を顔の前で小さく振って答えた。
成瀬は面白いものを見つけたかのように目を丸くして、私の手を掴む。





「顔、になってるのか。かわいいな、クマか」

「そう、かわいいでしょ、この手袋。子供っぽいって言われるんだけど、かわいいから気に入ってるの」





私の必需品は手袋。冬に手袋なしで歩くなんて無理だ。
手が冷たくなってしまうと、学校に着いてもなかなか温まらなくて、授業始まってから字が書けない、
なんてことになると困るからだ。
私は中学の頃からずっとこの水色の毛糸で編まれたクマの顔がついた手袋をしている。
アップリケになっているのではなくて、ちゃんと毛糸で目、鼻、口が描かれていて、
耳は袋状に編まれて手の甲から飛び出している。
まさか、成瀬がかわいいと言ってくれるとは思わなかった。
意外と「かわいい」なんて言葉が口から出てくるんだ。
「かわいいでしょ?」と、私は両手を顔の前に出して太陽にかざしてみる。
成瀬は私の隣で少しだけ表情を緩めていた。
笑ったところは見たことないけれど、このほんの少しの表情の緩みが、成瀬にとっての笑い顔なんだろうな。
この人が笑顔になるところを見てみたいと思う。

1年、2年と同じクラスで、2年近い付き合い。
成瀬は社交性があまりないから、仲良しの子というのは少ないけれど、ファンが多いのも事実。
二人で歩いていると、女の子達が声を掛けていく。
「日曜日の試合、応援しに行きます」とか「頑張ってくださいね、応援してます」とか。
ほんのり赤く染まったその子達の顔を見ていると、一生懸命言葉をしぼりだして言っているのがわかる。
男の子も、「応援しに行くから頑張ってください」とか「最高のプレイ見せてくれよな」と声を掛ける。

男女問わず、応援してもらえる成瀬はとてもかっこよく見えて、
ううん、応援してもらえるとかそういうことは関係なく、成瀬はかっこいい。
私の尊敬する人は、とてもかっこよくて、私は彼を尊敬していることが誇らしく思えてしかたがない。
こんな人に出会えてよかったなと。





「成瀬ってば、かっこいー。こんなにたくさんの人に応援してもらえて、嬉しいでしょ?」

「応援してもらえるからには、それに応えないとな」

「やっぱ、高岩とは違うね。あいつだったらさー、『当たり前だろ、俺、かっこいいから』とか
 きどって言うんだよ。笑っちゃうよねー、かっこいいのはわかってるけど」

「あいつはノリでそういうことを言ってるんだろ。
 才能も持ち合わせているのだろうけれど、ちゃんと努力しているからあれだけの力を得られたんだろうよ」





あぁ、この人はなんて大人びた意見を言うのだろう。
自分が子供過ぎて、笑えてくる。
本当に笑ってしまって、成瀬は首をかしげる。
それもそのはず、まともな答えを出したはずなのに、笑われているから。
私は「ゴメンゴメン」と謝りながら、笑うのを止めようとする。

「成瀬が高校生だったら、私は小学校低学年だね」
私がそう言うと、また成瀬は首をかしげた。
間違ってはいない。私は成瀬から見たら、とても子供だと思う。
しばらくして、成瀬は「そうかもな」と頷いた。
事実だけれど、否定されないのも、少し淋しい。
少しだけ落ち込んでいると、成瀬が私に話しかける。





「確かに、子供っぽいところもあるけれど、俺はそういう無邪気なところがのいいところだと思う。
 俺はこういう固い人間だから、自分にないものを持っているには憧れるし、その無邪気さに救われてる」

「や、そんなふうに言われるとは思ってもみなかった。
 私も、成瀬のそういうところ好きだよ。私にはない大人びた考え持ってて、尊敬してるもん」

「それは光栄だな」

「でしょ?」





私が笑うと、一瞬成瀬が本当に笑った。
私は驚きで凝固してしまったけれど、嬉しさのほうが100倍。
叫びながらスキップして坂道を駆け登る。
くるくるターンを繰り返していると、微笑ましい光景を眺めているような表情の成瀬が見えた。









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1年以上書いていなかった成瀬夢。久々、いかがでしょう?
友情夢ってことで。
成瀬が笑ったところ見たことないよなー。

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