# ビ ル の 間 を #





 落ち込んだり、何もかも投げ出したくなったとき、あなたは何をしますか?
 私は外に出て、景色をぼーっと眺めます。何十分も、何時間も。
 だから、私は今、駅前のビル街を分け隔てる片側二車線の道路上の歩道橋にいます。





7時間目まである授業を終えて、私は学校を後にした。
友達にパフェを食べに行こうと誘われ、駅前の商店街でバケツパフェを食べる。
千五百円でバケツに入るくらいでっかいパフェがいただけるのだ。
なんともおいしい話で、女二人で食べるには少し多かった。

友達と商店街で別れた後、私は人通りの少ない歩道橋の上に立っていた。
かれこれ10分程何もせずに、ただ立っている。
ビルとビルの間を道路が走っている。
真っ直ぐ開かれた視界。その先には夕日が沈んでいく姿が映し出されている。
真っ赤に染まった空を見ていると、ふつふつと心の底から何かが湧きだしてきた。





「許せないし、ありえない!何で、私が怒られなくちゃいけないの!」

「理不尽だな。が悪いわけじゃないからな」





突然ひとりごとに返事があったものだから、驚いた。
声を聞けば誰だかわかる。成瀬だ。
私はため息をつく。「本当に理不尽」だから。
真剣に毎日こつこつと書き上げてきた文化祭の企画を、他のクラスに盗まれた。
誰だかわからないけれど、私のかばんの中からファイルを盗んで、企画を自分のものにして立ち上げたのだ。
私は企画書が行方不明になりずっと探していた。
見つかることがなく、私は頭の中の記憶を頼りに企画書を書き直した。
クラスでは上々の出来だと誉められたのに、いざ提出すれば他のクラスとほとんど同じだという理由で却下された。
そのクラスがどういう状況だったのか全くわからない。
皆で話し合って考えた、なんて学級委員長の言葉はウソだ。
先生も取り合ってくれず、クラス全員で戦ったのに、私の企画だという証明ができないということで、
逆に企画を盗んだのはおまえだろと言われる始末。

本当にありえない。
担任の先生も落ち込んでいた。私が毎日企画を練っていたことを知っているから。
クラス全員でボイコットしようかとも話した。
けれど、それでは醜すぎる。
だから、もう一度新しい企画を練ってやり直そうということになった。
私も、頑張ろうと思った。
けれど、立ち直るには時間がもっと必要だった。
やりきれない。
その思いが身体の中をずっとぐるぐる回っている。
新しい企画を練ろうにも、なかなか良案が浮かばない。
友達は、私を励ますつもりで今日パフェを食べに行こうと誘ってくれた。
みんなに心配ばかり掛けて申し訳ない。

知らぬ間に、私は歩道橋の上で成瀬に愚痴をこぼしていた。
それも半端のない量を、半端のない勢いで次々にまくしたてていた。
一息ついてまた話し出そうとしたときに、我に返った。
成瀬は、私の話を全部聞いてくれた。
そして、私の口を手でふさいだ。





「理不尽なのはわかる。けれど、愚痴を言ったって何も始まらない。犯人を見つけても仕方がない。
 、まず、落ち着け。目を閉じて、深呼吸するんだ」

「う、ん・・・」





私は言われたとおりに目を閉じ、大きく意気を吸い込む。そして、吐き出す。
何度も、何度も深呼吸を繰り返した。
最後に上を向き、空に向かって息を吐き出した。
下を向くと、目に溜まっていた涙がこぼれおちた。
立っていられなくなり、私はその場にしゃがみこむ。
堪えきれずにおえつがもれる。
歩道橋の柵を力いっぱい握り締めた。
ギシギシと柵がきしむ音が聞こえる。

「気が済むまで泣けばいい」そう耳元で声がした。
成瀬の声だった。私の頭を優しくなでてくれる。
柵を握り締めたままの私の手を、器用にほどいて成瀬の手と握らせる。

成瀬がこんなに優しくしてくれるとは思いもしなかった。
泣いてる私を見捨てていくのではないかと思っていた。
けれど、そんなことを深く考えている余裕はなくて、私はただ泣いて泣いて、枯れるまで涙を流した。

どれくらい、時が経ったのだろう。
わからないくらい、ずっと泣いていた。
涙はもう出ない。ちゃんと、自分の言葉で話せる。
「取り乱して、ごめんなさい」と、成瀬に深くおじぎをして謝った。
沈黙の後、「気にしてないから」と返事があった。

、帰ろうか」と成瀬が言った。
私は頷いて、成瀬の隣を歩く。
何も話さなかった。話す必要がなかったから。
突然ぎゅっと手を握られた。
「まだ、大丈夫じゃないだろ?」と、私のことを気遣ってくれるその優しさに涙が出そうだ。
私は無言で頷いて、別れるまでずっと成瀬と手を繋いでいた。





 ひとやすみする時、あなたはどこへ行きますか?
 私はいつもの歩道橋の上に行きます。
 どこへでも羽ばたけるような気がするからです。





あの日以来、私は元気に文化祭の企画作りに挑んでいる。
怒り狂っていた友達も、他のクラスメイトも、もちろん成瀬も、みんな手伝ってくれるおかげだから。
私ひとりだけだったら、きっと立ち直れずに折れたままだろう。
盗んだ奴に一泡吹かせてやろうと、みんな奮闘している。
企画自体を練らないクラスメイトも、今度は絶対に盗ませないぞと教室の警備にあたったり。
私自身、企画書を盗まれないように常に持ち歩いている。
クラスの絆が深まった。
私と、成瀬の距離がとても縮まった。

放課後、成瀬と一緒に帰ることが多くなった。
また、いつもの歩道橋に寄る。
私達の始まりがこの場所だから。





「今日はさ、ここから飛んでいけそうな気がするよね」

「どこへ?」

「さぁ、未来じゃなーい?」

「自分で言っておいて疑問形か」





ビルの間を道路が走っているから、すかっと何もない空間が広がっている。
そこを滑走路にして、未来へ飛び立てそうな気がするんだ。
羽なんてないけど、このまま飛び出していけそうな、
それだけ何に対してもエネルギーを持って接することができそうな気がするんだ。







  おまけ

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バケツプリンをテレビでやってた。万単位のプリン!?
レポートを一部友達が写して、二人ともレポート不受理になった実話から生まれたネタ。

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