CDかMDか、悩むところだ。

なぁ、どっちがいい?





      # C D / M D ? #





2年ほど愛用していたMDウォークマンが盗まれた。
体育の授業があったから、かばんは教室に置きっぱなし。もちろんウォークマンはかばんの中。
教室の窓の鍵が開いていたらしく、階段の窓から外へ出て教室の窓から俺達の1組へ侵入したそうだ。
俺だけじゃない。他のみんなもウォークマンやマンガやお菓子、運の悪い奴は財布や部費まで盗られた。
いちばん印象に残っていることは、女の子がよく持っている芸能系のグッズ、
例えばうちわやバッチ、シール、ポストカードがきれいに盗られて、女の子達が猛烈に怒っていたこと。
女の子を敵にまわすと怖い。
丁度、5時間目が体育の授業だったから、6時間目の数学の授業は、みんな上の空で聞いていなかった。
俺もそのうちのひとりで、今日は土曜日で明日は日曜日だから学校が休み。
部活は午前中で終わりだから昼から買いに行こうかと考えていた。
買い物に行くのだから、ついでにデートもできるかなぁと思い、を誘うことを思い描いていた時に限って問題を当てられるんだ。
俺はどこを当てられたのかもわからずがっくりうなだれていたけれど、先生が黒板を振り返ったその一瞬で後ろの奴に問題を教わる。
そんなに難しい所を学んでいるわけではないから、少し考えれば解けるのだ。
俺は教科書の中の当てられた問題に丸印をつけて、堂々と黒板の前に立つ。
スラスラ問題を解くことが出来たから、俺は満面の笑みで自分の席についた。
それを見ていた男が「気味悪ぃ」と言ったもんだから、「お前に言われたくないな」と言い返してやった。

放課後、俺の2年1組に泥棒が入ったという話が辺りに溢れかえっていて、職員室前で偶然会ったにも言われる。
俺のMDウォークマンが盗られたことを話すと、は自分に起きた話のように困った顔で嘆いてくれた。
同情されるのはあまり好きじゃないけれど、にならされてもかまわない。
の場合は、同情するというより心配しているというほうがあっているからかもしれないな。





「で、覚司は、どうすんの?」

「は?何が?」

「ウォークマン無くなったんでしょ。新しいのは買わないの?」

「そうなんだよ。明日、体育館の点検らしいから午前中で部活終わるから」

「終わるから、昼からデートして、その時に買いたいって?」

「ご名答!」





は頭の回転がよいから、俺が言おうとしていることを先にわかってくれる。
も特に予定は無いらしいから、明日の午後、デート決行。
そして新しいウォークマンを買う。
たいてい土日祝日は電化製品のセールをしているから安いのだ。
は1円でも浮かせようと努力する主婦タイプなので、
土曜日によく入っている家電量販店のチラシを家に帰ってからチェックすると言っていた。

世間一般では土曜日は休日。けれどうちの高校は週休1日だから学校がある。
うっかり、学校帰りに銀行でお金を引き出そうとして「手数料がかかりますがよろしいですか?」と
表示が出たので、そのまま家に帰った。
母親は給料日前だからお金は貸せないと言い、父親も同じく貸せないと。
姉さんは昨日が給料日だったらしく、「利子はつけないからちゃんと週明けに返してよ」と念を押して3万円貸してくれた。
お金が無ければ、ウォークマンを買いたくても買えない。
俺の財布の中には姉さんから借りた3万円と、クラスメイトに無理矢理交換させられた2千円札1枚と1円玉が3枚。
寂しいものだ。自分のお金はたった4つしかないのだから。

財布の中を確認していると、家からの最寄り駅にクラスメイトがいるから来いという連絡が入り、俺は自転車で15分掛けて駅まで向かう。
途中、10分くらい経って様子がおかしいと思い足元を見た。
その時目に付いたのはパンクしてぺしゃんこになっている自転車の前輪。
今日は厄日か?と思いながら、俺は無理矢理自転車をこいで駅でクラスメイトの姿を捜した。
そいつを見つけた瞬間、俺は土下座して感謝したくなった。
俺の姿を見つけて何かを振るのだが、それは紛れも無く俺のファイル。
中には月曜に提出しなくてはならないプリントや課題が入っている。
休日に自分の教室に入るにはいろんな先生に許可をとらなければならないし、しかも教室まで監視の先生がついてくるのだ。
そんな面倒なことをしたくないので、俺はクラスメイトに感謝感謝。
しかも、そいつから買ったばかりだというシュークリームを1つもらってしまって、一体俺は何をしてるんだかと思った。





日曜日の朝がやってきた。まだ6時だというのに部活仲間から俺の携帯に連絡が入る。
監督に急用が出来たらしく部活が中止になったそうだ。
今日は他の責任教師も休みをとっているから無理に出勤してもらうのも悪いので自主練、つまり休みというわけだ。
俺はもう一眠りすることにして、頭から布団をかぶった。
今頃、も同じように布団の中で眠っているだろうな。
約束の時間は午後2時だからまだまだ十分時間はある。
余裕だ、とのんびりしていると、意外と早くその時間はやってくるものだ。

案の定、1時過ぎまでぐっすり眠ってしまった俺は、大慌てで仕度を整えて自転車で駅へ向かう。
がここがいいと勧めてくれた店は学校の近くにある店。
は学校の近くに住んでいるからほぼ学校へ行くのと同じルートを辿るわけだ。
今日は部活の後にの家に行くつもりだったから10分でいけたのだ。
けれど、俺の家からだと軽く見積もっても1時間はかかるのだから遅刻決定。
メールで遅れることを知らせると、意外と怒っていない様な返事が返ってきたから安心した。





「ま、部活が休みになったって聞いたから、爆睡して寝坊するのはみえてたもんで」

「スンマセン」

「別にいいって」





遅れての家に着き、の顔を見たら顔の前で拝むように手を合わせて謝った。
が怒らなかったのは、もう俺のことを見透かしていたからなんだと知って苦笑した。
どうやら、はそれを見越して、2時過ぎまで部屋の片づけをするつもりで、実際そうしていたらしい。
「さ、行こうよ」と言い、は俺の腕を引っ張る。
いつもはパンツスタイルのが、珍しくスカートを履いているものだから、俺らしくもなくドキドキしている。
紺のデニムのスカートから少しだけ細い足がでていて、その先はベージュのロングブーツに覆われている。
もともと背の高いがブーツを履くと余計背丈が長くなる。170センチ近くあるのだろうな。

ジロジロの足元ばかり見ていたものだから、に「視線が気色悪い」と何かグロテスクなものを見たような顔で言われた。
「そんなことないっすよ」と言ったところで信じてもらえるはずも無く、は訝しげな顔のまま歩いている。
俺はお手上げ状態で苦笑するが、がクスクス笑うので、つられて笑っていた。
腕を伸ばして、の手を掴む。
繋いだ手は温かい。
二人三脚のように足を揃えて歩き、近所の家電量販店へ向かう。
大通りに出ると車や人がたくさん行きかう。
歩道の端を並んで少し歩き、大きな看板を見つけて「おーっ!」と声を上げた。
目的地に着くと嬉しくなるものだ。それが学校でも、体育館でも、我が家だとしても。





「子供っぽさをなくさないところが好き」とに以前言われたことがある。
「早く大人になろうと思うけれど、なることができないのが私というか女の子に多いかな」とは言う。
が大人になろうとしてなくしてしまうものがあれば、それを俺が拾い集めて生きていればいいかなと思った。
小さな子供が親に連れられてデパートに来たかのように、俺はを引っ張って店の自動ドアの前に立つ。
エレベーターと使わずに階段を上って3階にあるオーディオ機器の売り場へ行く。
俺が使っていたものなんて昔のものだ。音質、連続再生時間、音飛び、どれをとっても機能は比べ物にならないくらい向上している。
どうせ長く使うものだからいいものを買いたい、ということで、俺とはウォークマンを見てはあーだこーだと討論する。
俺の隣にがいて、の声が聞こえて、ぬくもりが伝わってくる。
の声が聞けるのならば、音楽など聞けなくてもいいかもしれない、なんて思うことはありえない。
の声が聞こえない時間、俺は何を聞いていればいいかわからないから。





の声ではっと目を覚ました俺は、とても恥ずかしいことを考えていて他人の声で現実に引き戻された時の気まずさを感じた。
ごめんごめん、と謝ると、は訝しげな顔で俺を見る。
半分デートのような買い物、いや、デートなのに、妄想にふけっていて彼女の発言聞き逃すなんて最低だ。





「まぁ、また覚司が変なこと考えてたのはわかるからいいけど・・・。で、これにしなよ。
 絶対いいって。デザインもかっこいいし、私がほしいくらい」

「そうだな、やっぱMDでいいよな。CDプレイヤーは諦めよう」

「そうだね、新曲発売日に買ってすぐ聞けないのはもったいないけど、家に帰ったらいつでも聞けるしね」

「よし、決定ー!今日はありがとな、





言葉の返事はないけれど、は笑顔で俺に応えてくれた。
俺は新品のウォークマンを使うべく、レンタルショップにCDを借りに行く。
もちろんを連れて。
と俺がまだ聞いていない曲を探して、よさそうなものを借りる。
そして、の家でMDに落としてウォークマンで2人で聞く。
もちろんイヤホンは片方ずつしかないから音は変だけれど、肩を寄せ合って聞いているとささやかな幸せを感じた。










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テーマはささやかな幸せ。
いつもCD発売日は帰りの電車の中でCDの封を開いてぐちゃぐちゃやってます。

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