# 真 偽 の 程 は ? #





電車に乗り、駅に着けば降りる。
そこから伸びる葉山の坂を上り、少し歩けば葉山崎高校がある。
ニ十メートルくらい前をが歩いている。
美人と言い切れるわけでもなく、不細工であるというわけでもない。
至ってフツウの女子高生。
けれど、笑顔がかわいらしく、細かい気配りや優しさに、いつの間にか惚れこんでいた。
手に提げた小ぶりの紙袋はクリップで口を閉じているようだ。
何が入っているのか知らないが、袋はぱんぱんにふくらんでいる。
何をそんなに一生懸命詰めてきたのだろう?
少し駆け足になり、に近づいた。
側まで行ってから「よお!」と肩を叩いて声を掛ける。





「ああ、おはよう、高岩。今日は朝練ないの?」

「今日は無いんだよ。もテニス部朝練なし?」

「うん、昨日試合だったからオフなの」





少しだけの元気がないような気がした。
なんとなく目が腫れているような。
じーっと見ていたからか知らないけれど、は困った顔をしていた。





「どしたの?」

「あ、いや、寝不足?」

「あー、私が?ちょっと昨日ってか今日寝たの遅かったから」

「何してたんだよ」

「うーん、ちょっと今日だから、作ってたの」





今日、今日は2月14日。つまりバレンタインデーということだ。
はバレンタインのチョコを夜遅くまで作っていたらしい。
試合だったから帰宅してから作ったのだろう。
睡眠時間が減るのも無理はない。
そのチョコを紙袋にいれているのだろう。
見せて欲しい、それ以上に、それがほしい。

「欲しい」と言う勇気がほしい。





「数があんまりないんだよね・・・。部員全員分作るのって大変〜〜」

「確かに、テニス部多いもんな」





は男子ソフトテニス部のマネージャーだ。
部員分作ろうとしたら2、30人分作らなくてはならないだろう。
大変な作業だ、それは。
それでも作ろうとするのは、部員達にあげようとする気持ちがあるからだ。





「お世話になってるし、一緒にいさせてもらって楽しいんだよね。感謝の印で作るの」

「あいつらこその世話になってるっていつも言ってるけど?」

「お互い様かな。持ちつ持たれつって関係。部員とマネはそんなもんでしょ?」





マネージャーがいなかったら部活はやりにくい。
大変なんだ、支えが居ないと。
その支えがしっかりしているから、テニス部がうらやましい。
どちらかというと、男子バスケットボール部は、男目当てでマネージャーになる女が多いから困る。
自分の仕事をきっちりしてくれたら文句はないが、お茶やスポーツドリンクの用意がしっかりできないのだ。
もちろんきっちり働く子がいるから成り立っているものの。





は、本命とかあげないの?」

「そ、そうなんだけどね。どうしよっかなって考え中。渡したとしてもクラブの子と同じものになるけど」

「へぇ、誰にあげんの?」

「えー、そんなの言えません!」





誘導してもあっさりかわされてしまった。
気になるけれど、聞いても仕方が無いことだ。
とはクラスが違うから他にもたくさん話すことがあった。
笑いあいながら葉山の坂を上り、学校へ向かった。

教室に入るとチョコレートの甘いにおいが漂っていた。
何も掛けずに帰ったはずの俺の机には、茶色い紙袋が提げられていて、
その中には綺麗に包装されたバレンタインのプレゼントであろう代物がたくさん入っていた。
どうやら、成瀬が勝手に俺の部室のロッカーから紙袋を探し出してあらかじめ机に置いていたようだ。
去年の冬は教室に来れば俺の机の上にも椅子の上にも引き出しの中にも、プレゼントがぎっしりつまっていた。
どうしようもなくて困っていたら、が袋をくれたんだっけ。
同じクラスの成瀬は、俺の後ろの席で哀れみの表情で俺を見ていた。





「大変だな、お返しするのが」

「そういう問題かよっ。嬉しいのは嬉しいんだけど、ありすぎても困るんだよなぁ。
 チョコレートなんて一日じゃ食べられないし、これじゃぁ毎日1人分でも2週間以上かかる・・・」

「手作りは1日、2日で食べた方がいいと思うな」

「手作りも嬉しいんだけど、賞味期限がわからないから困る」

「そういう問題なんだな、高岩にとっては」





そういう成瀬こそプレゼントどうしたんだ?と尋ねようとして思い出したことは、成瀬はチョコレートが苦手だから食べないということ。
去年は、チョコレート限定で丁重にお断りいれていた。チョコレートと他のお菓子混合のものは、チョコレートだけ俺にまわしてきた。
バレンタインといえばチョコレートと連想するのが日本の女の子だろう。半分以上受け取らなかったはずだ。
今年は、気のきいた女の子が紙袋とプレゼントを持ってきたらしく、成瀬の荷物はすっきりまとまっていた。

もらえない男にとっては、俺たちがとてもうらやましいだろう。
俺ももちろん嬉しいし感謝している。
けれど、好きな人からもらえなければ、寂しいのだ。
好きな人がくれるのなら、他の子のプレゼントを全部返すことだって出来るだろう。
義理でのプレゼントだとしても、好きな人からもらえるなら嬉しいことこの上なし。

放課後、部室で着替えを済ませぼーっとして身体の力を抜き、窓際のソファで寝そべっていた。
窓の向こうから声が聞こえる。
部室の裏は体育館があるが、滅多に人が出入りしないから告白スポットになっている。
今日は、どこかの部活の先輩と後輩のようだ。
聞いていると、年下彼女がこの男に、今、誕生してしまった。
うらやましい、ただそうとしか思えなかった。

部活を終え、手には女の子たちからたくさんもらったプレゼントを提げて学校を出る。
女の子から今日は5,6回告白された。
付き合ってくださいと言われても、好きじゃないから付き合おうとは思えない。
いつか好きな人と付き合うことができる日がくると信じているから。

ぶらぶら歩き、坂を下り、駅前の繁華街が目の前に広がる。
大慌てでかわいらしい雰囲気の店に入っていく女の子は、きっと彼氏へのプレゼントを買うのだろう。
一人身には寂しいバレンタインデー。
ふぅと溜め息をつき、駅の改札をくぐる。
風が吹き抜けるホームはとても寒く、俺は身震いする。
改札を通ってすぐ電車はでていってしまったので、俺は10分待ちぼうけをくらう。
ふと、自分の足元に落としていた目線を上げると、向かい側のホームにが立っていた。
俺に気づいて笑う。そして、しばらく間を置いてから大慌てでホームから消えていった。
忘れ物でもしたのだろうか。それともトイレにでも行ったのだろうか。
バタバタと足音が後から聞こえて、俺が振り返るとが立っていた。





「ど、どうしたんだ?」

「あ、あのね、たくさんもらってるから迷惑じゃないかって思ったんだけど、余っちゃったから」





は俯き加減で俺に綺麗に包まれたお菓子の袋を差し出す。
俺には瞬時にこれが何なのか理解できなかった。
しばらくして、やっと飲み込めた。
これはバレンタインのお菓子で、俺にくれたのだと。





「もらって、いい?」

「う、うん!もらって下さい」

「これは、どう捉えたらいい?」

「え、あ、いつもお世話になってるし。私の気持ち。好きじゃなかったらあげないよ、フツウ」

「で、真偽の程は?」





好きじゃなかったら。
それは、好きが真で嫌いが偽?と捉えてよいのだろうか。





「私さぁ、高岩が好きなの。だからバレンタインのプレゼントあげただけ。だから真かな?」

「あ・・・ありがとう。俺も・・・が好きだよ」

「ほんと?」

「あぁ」





何度言おうか迷った言葉がすんなり出てきた。
不思議なものだ。
目の前で笑うの腕を掴もうとして、その手は空を切った。
は「とりあえず、今日は急ぐから帰るっ」と言って慌てて反対側のホームへ向かう。
互いの電車がホームへ着く。反対方向へ進む列車が見えなくなるまで俺は見送っていた。

明日会ったら何を話そうか。
何と呼んでやろうか。
一人、妄想だけが膨らんでいく。
そんな自分をあざ笑いながら俺は電車に揺られていた。










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紙袋にバレンタインのお菓子つめて、口をクリップでとめていったのは私です(笑
だって、見えたら電車の中とかちょっと恥ずかしいし。
今年はたくさん作ったんだけど、テストに来なかった子もいたから余りました。
誰かにあげようかと思ったんだけど、てきとうな知り合いにも会わなかったからバイトの子にあげました。

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