[ まだ愛情は尽きてない ]





愛想が尽きた。
所詮、私は社長の愛人なんだ。
疲れたよ。あなたを想うことに。

タークスの連中を誘ってバーに飲みに行く。
イリーナはべろんべろんに酔っているし、ルードも黙ってはいるけれどかなり飲んでいる。
レノといえばあまり変わらないようだけれど、調子に乗って絡んでくる。
だから、私も絡み返してやる。
私とレノがいちゃいちゃしているものだから、ルードが口を挟む。





、社長がいい顔をしないからやめたほうがいい」
「いいの!どうせ愛人なんでしょ。私を捨てたって、他にいい女がいくらでもいるのよ、あの人には」
「そんなことはない。社長はいつもの話をしている」
「そうですよー。社長ってばツォンさんに惚気話ばかりしてるんですよぉ。額に青筋立ってるっつーの」





べろんべろんに酔っている割に、イリーナはしっかり会話へ入ってくる。
けれど、私は彼らの言葉が信じられないから、レノに肩を抱かれたまま首をかしげる。
レノは空のワイングラスを片手に、ゲラゲラ笑っている。

見返りがあってもいいんじゃない?
ただ愛情を注ぐだけなんてできっこないよ。
社長は、やっぱり社長でしかないんだ。
ルーファウスという一人の男として、私は見ることができないようだ。
向こうも同じだろう。
私を一人の女として見ることができず、タークスの一員として接しているのだ。
なら、この関係を終わらせなくちゃ。
次の恋に進んで幸せになりたいもの。
タークスだとしても、幸せになる権利を放棄したわけじゃない。
神羅にすべてを捧げると約束したわけじゃない。

私は目の前のワインボトルを手にし、レノの手に収まる空のワイングラスに赤ワインを注ぐ。
あぁ、そういえば、去年の誕生日は、社長がおいしい赤ワインをごちそうしてくれたっけ。
今年の誕生日は、忘れ去ってたよね。
自分の誕生日は祝えと言うくせに、私の誕生日のことなんてすっかり忘れてる。
付き合いだした記念日も華麗にスルーされた。
私が辛くて苦しんでいても、視線さえ送ってくれない。声なんて掛けてくれない。
そんな人と人生を共にするなんて無理だ。

私は、ワインボトルに口付けた。
ルードが手際よくワイングラスを差し出してくれたけれど、私はそれを使わない。
レノの体に寄りかかる。
そうだ、こうやって体に触れる時間もなくなった。
二人きりでいられる時間もなくなった。
きっと、私以外の誰かとそういう時間を過ごしているんだ。





「レノ、何をしている」
「げ、社長!!!」
「レノは私の肩を抱いているだけですよー。何にも悪いことしてないじゃん」





突然社長がバーに顔を出したけれど、私は至って冷静そのもの。
レノは慌てて私の肩に回していた腕を元に戻した。
イリーナは顔を赤くしたり青くしたりと急がしそうだ。

社長は私がしっかりと手で掴んでいるワインボトルを取り上げる。
私は、ムッとしてそれを取り返そうとして手を伸ばしたけれど、逆に社長の手にがっちり掴まれてしまった。
そして、軽々と私を引き上げて、ソファ席から引きずりだしてしまう。
そのまま、バーの外へ行くと、真冬の夜風が全身をなでた。
寒さで体を震わせていると、社長は紫色のコートを私に渡した。
私は不審な目でそれを見たけれど、ざっと眺めてから驚きの目で社長を見た。
私が以前からほしがっていたコート。
紫色だったら欲しいのにと呟いた、あの黒と白しかないコート。
私のために、紫色で作らせたの???

そのコートの袖に手を通せば、社長は満足そうに少し微笑んだ。
ドキリとする。
この人の、こんな表情を見るのはいつぶりだろうか。
ついさっきまで悪態をついていたのに、この人の中に堕ちている。
さりげなく体や髪に触れてきて、私はそれを拒絶できない。
唇が重なるのも、またしかり。





・・・」
「ルーファウスの気まぐれに付き合わされる私の身にもなってよ」
「それはできない。私は私であってにはなれない」
「私もルーファウスにはなれないから、あなたの気まぐれの理由がわからない。
 私は愛人なんでしょ?本当に大切な人を愛してあげればいいよ」
「何を言っているのかよくわからないが・・・」





社長は頭の回転が切れるから、とぼけたフリをして何か考えていると思う。
私を試しているのだろうか?
酒が回ってクラクラする。
考えすぎだ。
よろけた体を支えてくれるのは、隣にいるあなただけ。

「飲みすぎだ」と一言、私の耳元で囁くと、社長は私の体を抱き上げる。
いわゆる、お姫様だっこ。
私はもがくこともできず、ただ抱かれたまま。
近くに止まっている黒塗りの高級車。
傍にはツォンさんが立っている。
さすがに上司にこの姿を見られたくなくて、下ろしてと懇願したけれど却下された。
私は社長の胸に顔を埋める。
車の中に押し込められ、社長は私の隣に座る。
ツォンさんが「社長の気持ちも汲んでやれ」と呟いた。
社長の気持ちって何?





「忙しい。それを言い訳にしての誕生日は祝わなかったのはすまなかった」
「今更だよ。その穴埋めなんですか、このコートは」
「思いやりがなければ私たちの関係が成り立たないことはわかっていた。だが、そんな余裕はなかった」
「ただ愛されて、自分だけが満たされればよかったってこと?」
「その通り、だ。結果として、の心が離れて愛されることすらできなくなった」
「で、ご機嫌とり?遅いよ。もっと大事にしてよ。わたしは、あなただけを、ずっと想ってたのに・・・」





気がつけば、頬を涙が伝い、それを社長の指がすくっていた。
本当は、この人じゃないとダメなんだ。
愛せるのもこの人だけ、愛されたいのもこの人だけ。
愛してほしくて、愛情を注ぎ込んだ。
多少の無理はした。
おかげで、自分自身は満たされなくて、愛想が尽きた。
伝えなくちゃダメだったんだ。もっと愛してほしいって。

体を社長の元に寄せる。
自然と肩を抱いてくれる。
それだけで安心できた。

「社長命令で社長夫人にして、タークスから引き抜いて傍に置けばよいものを・・・」
そんなツォンさんの呟きが聞こえた。
離れているから、こんなことになるんだ。
もっと強い絆だったら、こんなことにはならなかった。
それは、私も社長も弱いから。
もっと強くなりたい。
せめて、私が強くならなくちゃ!





「私は、強くなりたい。もっともっと」
「それは、力で私をねじ伏せるという意味かな、?」
「違うわよ。心を強くしたいの。こんなことで折れそうになるのだから、もっともっと強く頑丈にしたい。
 そうしたら、あなたのこと、もっと信頼できる気がするの。もっと愛せる気がする」
「ならば、私も。一緒に強くなろう。レノに浮気されては困るからな」





バーでの私とレノを見て嫉妬してくれてたと思うと、なんだか嬉しかった。
ミラー越しにツォンさんと目が合った。
微笑んでいた。
社長と部下の恋をも取り持つ上司には頭があがらない。









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ツォンさん損な役回りw
社長は人をうまく愛せない気がする。
それよりも私がそうなのが問題であって・・・
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