[ きっとそれは、恋の味 ]





「え、神羅カンパニーの社長?あ、そうなんですか」
まるで、「ランチはオムライス?あ、そうなんですか」と言ったように聞こえるから不思議だ。
名乗る以前に顔を見れば誰だかわかる者がほとんどで、名乗ればほぼ99パーセントの者が私のことを認識するだろう。
けれども彼女は、名乗っても私の持つ肩書きまで認識することがなく、社長だと伝えても、特別な反応は見せなかった。
むしろ、驚かないところが私にとっては特別だった。

「わたしはです。ただの一般市民。毎日、一生懸命、この星で生きています」
笑った顔が、特別だった。
他の誰よりも輝きを放って、心に響く笑顔。
一般市民で一括りにしてしまっても、すぐに見つけることが出来るだろう。

ロケット村の一角、小さなカフェのカウンター席で、と話した。
の淹れるコーヒーがおいしいというのは、神羅カンパニーの中では有名で、ロケット村に派遣された神羅兵は必ずこのカフェを訪れる。
部下達と合流するまでの暇つぶしにカフェを訪れてみると、客は誰もおらず、がひとりで窓を磨いていた。





「前もって言っておきますけれど、高級な珈琲豆なんて一切使ってませんし、スキルがあるわけでもありませんからね」

「神羅では美味しいと評判だが?」

「神羅の皆様の舌が肥えてないだけ、なーんて言ったら怒られちゃいますね。どうでしょう、至って普通ですよ」

「確かに・・・至って普通の味だな」





褒めてはいない。けれど、はニコリと笑った。
一口すすったコーヒーの味が変わった。
驚いて、硬直してしまった。
そんな私を見て、は柔らかい空気をまとったまま、「どうかしましたか?」と尋ねてくる。
「コーヒーの味が変わった」と言えば、「まさか!」と言って相手にしてくれなかった。
口に含むたびに、味が変わっていく。
そういう品種なのだろうか。

は自分でいれてよく飲むそうだが、味がかわるなんてことはないらしい。
本人にはわからないのだろうか。
この味を。
口に含む度に変化していく味。
砂糖の甘さではない、嫌にならない甘さ。
心が満たされる、甘さ。
神羅ビルにいるときも、タークスの連中と一緒にいるときも、自宅にいるときも、味わうことのできない感覚。
どちらかと言えば、酒に酔ったような感覚。

あぁ、そうか。
が持つ空気に酔うのだろう。
だから、コーヒーの味が変わる。
だから、本人にはわからない。
評判の味の秘密を解明でき、私は満足した。





あれ以来、私はコーヒーを口にしなくなった。
紅茶ばかり飲んでいる。
一度感じたこと、味わったことを忘れられない、忘れたくない。
別のもので上書きされることを恐れた。
がいれたコーヒー以外の味には触れたくない。

部屋の扉をノックされ、こちらが返事をせずとも上がりこんでくる輩と対面する。
マグカップにはコーヒーが入っているのだろう。
レノは、扉の静かに閉めて、壁にもたれかかっている。
何をしにきた?





「社長、ロケット村のカフェの噂の姉ちゃん、会ったぞ、と」

「それがどうした」

「ん、それだけっと」

「・・・・・・」

「おっと、社長から殺気を感じるから退散するぞ、と」





へらへら笑ってレノが部屋から出て行く。
しかし、よろけてコーヒーを少し床にこぼしていった。
呆れた。コーヒーをこぼしに来ただけのようだ。
白いタイルにこぼれた黒。
コントラストに目を奪われる。
それを打ち消すように、白いクロスでコーヒーを拭き取る白い手。
床にしゃがみこんでいるその人は、立ち上がって微笑んで会釈する。
・・・どうして神羅ビルにいる?





「ご無沙汰しております、ルーファウス様」

「なぜ、ここに?」

「以前からお誘いを受けていたのですよ、神羅の方から。
 先日、弟が結婚しまして、弟夫婦に両親とカフェを任せて、私はミッドガルにやってきました。
 神羅のカフェにいますので、よければいらしてくださいね」





がいれば、カフェは常に満員になるだろう。
レノにデリバリーをやらせよう、そう思った。
コーヒーとを社長室まで運んでもらおう。









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むしろレノに運ばれ隊!笑
社長にコーヒー淹れてあげ隊!
けど、私はコーヒーが苦手で飲みません><

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