[ わたしたちだけのバレンタインデー ]





きっと、私のことなんて忘れて仕事に熱中しているんだ。
私と仕事、どっちが大事なの?
そんなこと、聞けないよ。
神羅カンパニーの副社長なんだよ、彼は。
仕事をすることは、世界を維持すること。
私一人に構ってなんかいられないよね。

せっかく作ったフォンダンショコラも、レノにあげちゃおう。
今日はバレンタインデー。
会う約束はしていたけれど、突然の出張でルーファウスは行方知れず。
神羅ビル近くの高級レストランでルーファウスとディナーをするはずなのに、現れたのはレノだった。
レノ、ルーファウスの部下。
私の働くカフェの常連客。





「レノー、ルーファウスは?」

「副社長は急な出張でジュノンに旅立ったぞ、と。プレジデントの差し金だろ?」

「民の幸せを奪うな、社長っ!!!」





二月十四日、バレンタインデー。
時刻は夜の八時。あと四時間で今日は終了。
きっと、ルーファウスには会えない。
せめて、ジュノンに行く前にメールをくれればよかったのに。
私のことなんて、これっぽっちも頭の中にないんだよね。

久しぶりに会えると思っていた。
だからがっかりした。
涙目のままレストランの中へ入り、予約をキャンセルしてキャンセル料を払った。
接客してくれた女性店員が、困った顔をしていた。
バレンタインデーに予約をキャンセルするなんて、普通では考えられないから。
星空が綺麗な夜、私はルーファウスに食べてほしくて作ったフォンダンショコラを、レノに渡した。





「おい。これ、副社長にあげるんだろ?」

「いいの、レノにあげる。レノの彼女に嫉妬されちゃうかもしれないけどね。ルーファウスの代わりに来てくれてありがとう。
 私が一人で淋しいバレンタインデーを過ごすことを、神様が望んでいるのよ」

「どこの神がそんなこと・・・」

「ね、彼女が待ってるよ!私もレノみたいな人を好きになればよかったな」

「俺じゃなくて、俺みたいな人かよ」





レノは笑っていた。
私も少し笑った。
けれど、レノがいなくなってから泣いた。
泣いたまま、家に帰った。
一人暮らしだから誰もいない。
うさぎのぬいぐるみがベッドの上で大人しくしている。
ルーファウスがくれた、ぬいぐるみ。
見ていると腹が立ってきた。
うさぎの頬を一発殴った。
所詮、繊維くずがつまっただけの布切れ。ベッドから転がり落ちた。
むなしくなって、また泣いた。
結局、泣きつかれて眠ってしまった。

目覚めて時計を見た。
短針は「一」を差している。一時、カーテンの隙間から日の光は入ってこない。だから、夜中。
目元が乾燥するのは泣いたせい。
部屋の明かりをつけた。
コートを着たまま、化粧もしたまま、バッグは床に放置、殴ったぬいぐるみは床に転がっている。

しばらく、ぼーっとしていた。
コート脱がなくちゃ、化粧落とさなくちゃ、ぬいぐるみを元に戻さなくちゃ、バッグの中のハンカチを出さなくちゃ。
いろんなことを思ったけれど、行動に移せなかった。
あぁ、そういえば、携帯電話を放置していたな。
バッグの中から携帯電話を探し出して開く。
誰からも着信はなかった。
まだ、仕事中なのかな、ルーファウスは。
また泣きそうになる。

今日は始まったばかり。
だから、笑って過ごせるようにしなくちゃ。
テーブルの上に置いたままのフォンダンショコラ。
自分用に残しておいたもの。
夕飯を食べていないから、お腹は空いている。
ラップにくるんだそれに手を伸ばした。
一口かじれば、甘さが口に広がる。
おいしいのにな。彼には食べてもらえないんだ。

手にはフォンダンショコラ。
目は壁の掛け時計に奪われ、耳は秒針が刻む時を聴いている。
携帯電話のバイブレーションなんて聴こえなかった。
振動でバッグから飛び出した携帯電話と、フローリングがぶつかる音で目が覚めた。
慌てて携帯電話を回収しに立ち上がった。
電話の着信。画面を見れば、望んでいた人の名前が映し出されていた。





「ルーファウス!」

『すまない、遅くなって』

「すまない、じゃないよ。ジュノンに行く前に、連絡くれればよかったのに」

『私用の携帯を家に忘れてな。
 レノもの連絡先までは知らなかったから、レノの休憩時間に待ち合わせ場所まで向かわせた』





声を聴いただけで安心した。
文句はたくさん言いたかった、けれど、言えなかった。





『レノから受け取ったぞ、フォンダンショコラ。おいしかった、ごちそうさま』

「え?レノ食べなかったんだね」

『何の話だ?』

「ううん、なんでもない」





レノは、あのフォンダンショコラをルーファウスに渡してくれたんだね。
いつ渡したのだろう。
ルーファウスはミッドガルに戻ってきた?
レノはいつまで神羅ビルにいた?

なんだか気分がよくなってきた。
真冬だけれどベランダへ飛び出した。
夜のミッドガルの街。眠らない街。
何気なく下を見下ろした。
マンションのエントランス近くに人がいる。
金髪で、真っ白なスーツを着た男。
ルーファウス以外、ありえない。
電話は切れた。
大きく手を振れば、手を挙げて合図をしてくれた。
嬉しくて笑顔になる。

私たちのバレンタインデーは、今日これからなんだ。









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あぁっ、レノたんは彼女が夜勤(看護士)でひとりぼっちのバレンタインデーなので、
仕事しながらルーファウスの帰りを待っていました。笑
いれろよ、そのエピソードという突っ込みは多々あるかと思いますが;
「自分たちのクリスマスは別の日程でやってね」と、
クリスマスが忙しいバイト先の副店長が言っていたことを思い出しつつ。

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