[ うたたねは金色の輝き ]
マスクをして出社して、ガラガラ声で誰だかわからないと揶揄われて、頭がぼんやりしてきたら冷えピタを額に貼って、そこまでして働く必要もないのだけれど休むに休めなくて、昼休みに机に突っ伏していたら「帰れ」と上司に言われた。当然だ。
帰りに店で何か食べるものと飲み物を買おうと思ったけれど、しんどさの方が勝ってしまって帰宅してベッドに突っ伏した。弱っている時は誰かに甘えたくなる。きっと忙しいであろう人の名を心の中で呟いて目を閉じた。
目が覚めると窓の向こう側は赤く染まっていた。昼から夕方までぐっすり眠ってしまったようだ。額に手を当てると冷えピタが貼ってあった。会社で貼ったものは捨ててしまったからいつ貼ったのだろう。昼に飲んだ風邪薬の効果で熱は下がったようだ。少し楽になった体を起こしてリビングに行くと、金髪の男性がテーブルに頬杖をついている。こちらに背を向けていて顔は見えないけれど、この後姿を私は知っている。
ルーファウスの真正面に回ると、彼は目を閉じて眠っていた。私が来ても目を開かないあたり、本当に眠っているようだ。どこから私が風邪を引いている情報を仕入れたのか知らないが、テーブルの上に冷えピタの箱が置かれている。喉が渇いたので冷蔵庫に何かないか確認するために開けると、自分で買った覚えのないスポーツドリンクやりんごジュースのペットボトルが入っていた。嬉しくて顔がにやけてしまう。ありがたくりんごジュースのペットボトルを手に取り、ルーファウスの向かい側の席に腰掛けた。
りんごジュースを飲みながらまじまじとルーファウスの顔を見る。
長い金色のまつ毛、しみのない綺麗な肌、通った鼻筋、くせのないまっすぐな髪、全部私が持っていないものだ。ないものねだりしたくもなる。目にかかっている前髪を横に避けてやると、ルーファウスのまつ毛が揺れて瞼が開いた。
「おはよう」
「あぁ、か。うっかり眠ってしまった」
「りんごジュースとかいろいろありがとね」
「風邪引いて早退したと人づてで聞いたからな」
「ルーファウスは仕事大丈夫なの?」
「問題ない」
神羅カンパニーの社長が一般市民の見舞いなんてしている暇ないはずですが?
逆に他の社員がいるから社長は仕事なんてしなくていいってこと?
ただ、今は私のところに来てくれたことについて感謝しかない。
「なんか、久しぶりに会うね」
「忙しいは言い訳にならないな。すまない。が元気になったら食事にでも行こうか」
「そうだね。早く元気になるよ」
「ゼリーとプリンは冷蔵庫に入れておいた」
「ありがとう。なら、いただこうかな」
ルーファウスは冷蔵庫へ向かいゼリーとプリンをひとつずつ取ってこちらを振り向く。「ゼリー」と言えば、プリンは冷蔵庫の中に戻された。食器棚からスプーンを取り出して私の前に持ってきてくれるルーファウス。神羅カンパニーでは絶対お目にかかれない姿だろう。小さく笑うとルーファウスは眉根を寄せて不満を露わにする。
「ごめんなさい。社長がやることじゃないなって思って」
「笑うとは失礼だな。それ以前に私も人間だ」
「そうだよね、ごめんなさい。本当にありがとう」
ルーファウスの厚意を無下にする発言だったと反省して感謝を重ねる。社長である前に、ひとりの人間であり、私の恋人なのだ。私のことを大切にしてくれる人。
「社長という肩書はというときには邪魔だな」
「私のために捨てる気もないくせに」
「当然だ。職務放棄だからな」
絶対に言ったりしないけれど「仕事と私どっちが大事?」と尋ねたら、ルーファウスが「仕事」と答えるのは必至だ。そんなところも含めて好きになったのだから拗ねたり不貞腐れたりはしない。それなのにルーファウスはなだめるように私の頭を撫でるのだ。男の人は頭を撫でるのが好きなようだから、ルーファウスのしたいようにさせてあげる。柔らかい表情で優しい視線をくれる彼を見られるのは世界で私だけだろう。自然と自分の口角が上がるのがわかる。
眠気に襲われてまぶたが降りてきた。ルーファウスに頭を撫でられるのは子守唄を聴いているような感覚なのだろう。食べかけのゼリーを食べ終えたら再びベッドに潜り込む。ルーファウスは寝室までついてきて、私の頬に触れる。
「まだ少し熱はあるか? 熱いな」
「薬飲んだし、ゼリー食べたし、ルーファウスにも会えたから大丈夫だよ」
「私は帰るが、安静にな」
「うん、今日はありがとう。しっかり休みます」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
金色が扉の向こうに消えて見えなくなってから目を閉じた。
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社長がお見舞いに来てくれるなんて想像できないけど、がんばって想像してみた結果。