[ しんりゃくのためのおくすり ]





デスクの上に置かれたそれを見て私は憂鬱な気分になる。また社長からの贈り物だろう。物で釣られる私ではないと何度言ったらわかってくれるのだろうか。一生わかってくれる気がしないのが社長だ。いらないと言っても押し付けてくる。プレゼント攻撃? 意味が分からない。
今日のプレゼントは紅茶のティーバッグだったのでおいしくいただくことにした。給湯室でマグカップに湯を注ぐ。狭い部屋いっぱいに紅茶の甘い香りが広がり、私の心は満たされるのだった。さっきまで憂鬱だったのが嘘のように快晴の青空が心の中に広がる。小腹が空いたのでリフレッシュルームでお菓子でも買おうかとエレベーターに乗れば、扉が閉まる直前に体を滑り込ませてきた人がいた。社長だ。どうして社長ともあろう人がこんなところにいるのだろう。

「お疲れ様です」
「どうだ?」
「紅茶ですか? おいしくいただきました。ありがとうございます」
「いい加減、私に落ちる気はないか?」
「ありません」
「つれないな」

社長は黙ったまま私から目を逸らした。
社長からの贈り物はどれも消費できるもので手元に形として残るものはなかった。ストーカーのようにつきまとうこともないし、車内社内で会っても先程の会話のように淡々としている。優良物件と言う同僚もいるが、社長とどうにかなるつもりはない。社長夫人が私の身の丈に合わないことは自分自身がよくわかっている。私はどこにでもいるただの一般社員だ。タークスと接点が他の人より多いだけ。

どうせなら恋がしたい。職場の皆に隠れての職場恋愛、お洒落なバーで偶然隣の席に座った人と目が合った瞬間落ちる恋、同窓会で昔好きだった人との再会、いろんなパターンがあって私の頭の中はお花畑になる。


「はい?」
「リフレッシュルームだ」
「あ、はい。失礼します」

気付けばエレベーターは目的の階で停止して扉を開いていた。慌てて降りて閉まる扉の向こうで直立不動の社長にお辞儀する。リフレッシュルームでお菓子を買って自分の務めるフロアに戻り、追加で紅茶を淹れた。

それ以来、社長からの贈り物はぴたりとなくなった。週5勤務で週2くらいの頻度で贈られていたそれがないと寂しさをほんの少し感じる。社内で会うこともなくなり、タークス経由で社長の話を聞くこともなく、社長のことは私の頭の中からすっかり消えてなくなりそうでなくならない。
押して駄目なら引いてみろということだろうか。まんまとはまってしまっている。お腹の辺りがもやもやして気分は爽快にならない。社長が紅茶をくれないから自分で買わねばならない。いや、それくらい買えよと自分にツッコミをいれつつ、社長に依存していた自分がいることに腹が立ってきた。ここにあるのは社長に甘えていたという事実だ。

私、社長のこと好きなのかな。
それは、少し違う気がする。
そう思いたいだけなのかもしれない。
自分のことは、自分がいちばん理解できないから苦しくてもどかしい。

人の気配のしない社長室は気味が悪い。書類を運ぶように頼まれて訪れたそこは、一般社員が足を運ぶことがないので物珍しさからぐるっと何周もしてしまった。普段はここで社長が職務にあたっている。タークスに指令を出したり、上層部と会見することもあるだろう。抱えていた書類を床に落としてしまい、慌てて拾い上げると部屋の照明が点灯する。私は照明をつけずにいたのだった。

「社長?」
か、久しいな。出張で外していた。変わりないか?」
「はい、私は変わりありません。お帰りなさいませ。コーヒーでも淹れましょうか?」
「いや、いい。これを」

社長は紙袋を差し出したのでそれを受け取るために手を出すと、手首を掴まれ体が前のめりになる。そのまま社長に抱きしめられて紙袋は私を釣るための餌だったことに気付いた。

「ちょ、っと、社長!」
「……」
「離してください」
「嫌か?」
「え?」
「私とこうしていることは嫌かと尋ねた」

社長の腕の中は正直なところ心地よくて嫌な気分にはならなかった。けれど今は勤務時間中であってこういうことをするのには相応しくない時間帯だ。誰かに見られたらどうするのだ。

「嫌ではないです。でも今は勤務時間中です」
「そうだったな」

社長は私のことを解放すると先程の紙袋を私へ押し付ける。餌ではなく本当に渡すつもりだったのか。出張のお土産のようで、紅茶とハーブティー、お菓子が詰め込んであった。嬉しく思ってしまうあたり、私は社長に餌付けされていたようだ。

「ありがとうございます。おいしくいただきますね」
「それはよかった」

おそらく、私と社長は今のこの関係が丁度良い。近づきすぎず、遠く離れすぎず。
もちろんこの先、何が起こるかわからないけれど。





タイトルはOTOGIUNIONさんからお借りしました。

* * * * * * * * * *

お借りしたタイトルから、餌付けされる話になりました。

inserted by FC2 system