※すべて別ヒロインの想定










社長に腕を強く引かれ、ほとんど引きずられるようにして神羅ビルの前に止められた黒塗りの車の助手席に押し込められる。
運転席に乗り込んだ社長に非難の声をあげようとしたが、口を塞がれて何も言えなくなった。
うるさい口は、自分の口で塞いでしまえ。
社長のよくやること。
今までに何度、言いたいことを言えなくされてしまったか。


「社長、キスして口を塞ぐのやめてくださいませんか?」
は、私とキスするのは嫌か」
「キスするのは嫌ではありませんけど、自分に都合の悪いことを言われると直感したらキスするのはやめてください」
「断る」
「ちょ、ちょっと!」


呆れて物も言えない。
言い争うだけで何も得ないのはわかっている。大人しくシートベルトを締めた。
社長が自ら運転するなんて珍しい。いや、初めて見た。話には聞いていたが、運転はうまい。発進も停車もスムーズ。
横顔が美人過ぎて言葉を失う。
ミラーに映る私の顔と比べるなんて、もってのほか。


「社長の運転、初めてです」
「そうか。どうだ」
「うまい、ですね。とても、乗り心地が良いです」
「なら、よかった」


なんだろう。いつもと空気が違う。
社長は何か思案しているようだ。


「社長?」
「なんだ」
「どこに行くのですか?」
「さざ波が聞こえる夕陽が綺麗な場所」
「抽象的ですね」
「そうだな」


そんな場所、海しかないでしょ。
海は、好きだ。
夕陽も好きだ。


「そんな場所で何するんですか? 二人で黄昏るのですか」
「あぁ、プロポーズだ」


涼し気な顔のまま、社長は言った。





[輝くのは音の輪]










天気予報は晴だったのに、昼間の快晴が嘘のようにどんよりと重苦しい空模様になり、最終的にザーザーと途切れることなく雨音が響く。
テレビの音も聞こえないくらい降る雨は好きだ。
心が洗われる気がする。
そんなことを思うくらいに、少し疲れている。

部屋のソファに腰を沈める。
テーブルの上の冷めた紅茶に手を伸ばす。
それすら美味しいと思うくらいに、疲れている。

来訪を告げる呼び鈴が鳴る。
体が動かない。
しばらくすると、ガチャガチャと扉の鍵を開く音がして、来訪者が部屋へあがりこむ。


「不法侵入」
「合鍵はからもらっている」
「冗談よ。タオル使って。一番上の引き出しに入ってるから」
「助かる」


車で来たはずなのに、雨粒が髪にたくさんついていた。
水も滴るいい男。
滴らなくても、いい男。

タオルで顔を拭うルーファウス。
髪の水分をタオルに吸い込ませるようにしている姿は、気品漂う。
その背に飛びついた。
腕を回し、強く抱きつく。


?」
「なんでもない」
「そうか」


何も訊かないところが好き。
私の自由にさせてくれるところが好き。
私が回した腕にルーファウスが自分の腕を載せる。
その腕に、私の腕を絡ませた。





[幾億の雨垂れの光る]










コツコツと固い足音が聞こえる。
ルーファウスの革靴が鳴らす音。
どうして来てほしくないときに来てしまうのだろう。
泣いて真っ赤になった目なんて見られたくない。

悲しいときはたくさん泣けばいい。
そういったのはルーファウス。
たくさん泣いた。一年分以上の涙を流したと思う。
みっともないったらありゃしない。

足音が背後で消える。
ルーファウスが立ち止まった。
顔を両手で覆い、ルーファウスの横を通り抜けようとした。
が、あっさり抱き寄せられてしまう。


、泣いていたのか?」
「泣いてない」
「鼻声になってる」
「鼻が詰まってるだけよ」
「私の前では無理をしなくていい。悲しいときは泣けばいい。辛いときは泣けばいい。我慢しなくていい」
「……うん」


体の力が抜けて、自然とルーファウスに寄りかかる。
いなくなってしまった人はもう戻らないけれど、ルーファウスは私の目の前にいる。
大事にしないと。
私たちは、永遠に生きることができるわけじゃないから。





[白い花を、革の靴を、愛の歌を]










タイムカードを切り、神羅ビルを出た。
見上げれば、満点の星空が広がっている。
振り返ればそびえ立つ神羅ビル。
上層階から街を見下ろす人の姿が見える。
さっさと帰ればいいのに。遅くまで残ってする仕事なんてあるのだろうか、社長に。

早く帰って温かいご飯が食べたい。
けれど、そんなご飯なんてない。
今から作るのも面倒だ。
帰ったら、真っ暗な部屋が待っているだけ。

スーパーで今夜の晩ご飯になりそうな冷凍食品を買う。
スーパーのレジ袋を提げて夜道を一人で歩く女の姿は、どうしてこんなに寂しく映るのだろう。

家の扉のドアノブに手を掛けると、背後から声を掛けられた。
聞きなれない女性の声。
年は母親と同じくらいだろうか。

様、誕生日おめでとうございます」
「……どうして、私の名前と誕生日を?」
「ルーファウス様よりこちら預かってまいりました」

女性は大きな荷物を手に提げていた。
「崩れてしまいますので、お気を付けください」と言われ、受け取るのにも気を遣う。
片方は熱いので気をつけろ、他方は常温で放置するなと言われた。
社長は一体私に何を押し付けようと言うのだ。

女性を見送り、受け取った荷物の中身を玄関で確認する。
熱いと言われた方を開けば湯気と共に美味しそうな匂いがした。
シチューとパンが入っている。
常温で放置するなと言われた方を開けば、サラダとタルトが入っている。
タルトに載せられたプレートを見れば、『たんじょうびおめでとう 』と書かれていた。

社長から誕生日祝いをもらえるなんて神羅カンパニーはいい会社だなと思った転職一年目の誕生日の夜。
どうやらそんなサプライズを受けた社員はいないらしい。
私だけどうして特別?

「理由なんてひとつだけだ」
「何ですか?」
「祝いたいと思ったのから」
「はぁ……」
は鈍いな」

愉快そうに笑い、社長は私の唇を奪った。





[ユー・エフ・オーを追う彗星]





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alikalismさんからお借りしたタイトル、
<白い花>for Masahiko Shimura 2009.12.24

筆が遅いので3つに分けて最後のブロックが書き終わりました。
志村さんが亡くなって7年。私は彼の年齢をこえてまだ生きている。
私が行けなかった彼のお別れ会、そこに足を運んだ人が目にした景色を思いながら作ったお題に触れられてよかった。

最後は全力でツンツンしているヒロインではなく、糖度も高くなく、しんみりと。

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