[ 秋、深し。 君、近し ]





食欲の秋。
食べれば食べるほど、太る。
二重アゴになるな、そう思いながら、スナック菓子に手をつける。
仕事のイライラが全部食に出る。
レノのセクハラ、ツォンさんの無茶振り、イリーナの泣き言、付き合いきれない。

小さく溜息をつき、ティーカップに手をかけた。
カップの中は空だ。
私は給湯室へ紅茶を作りに向かう。
ミルクが合うティーバッグはどれかと棚の中を探していると、人の気配がしたので振り返る。
社長だ。


「社長、いかがなさいましたか?」
「これを」
「これは、私のお気に入りの店の新作じゃないですか! どうして・・・」
「この前、店の前で眺めていただろう、
「ストーキング、やめてください」


溜息をついて、社長の手にあるティーバッグが入った缶を受け取る。
一応、礼だけは言う。


「あり、がとう、ございま、す」
「気持ちがこもっていないな」
「好きなものをもらって嬉しくないことはないです。
 ただ、あなたのストーカー行為が許せないと言っているのです」
「好意を持った相手をいつでも見ていたいと思うことは、当然のことではないのか?」
「ストーカーは犯罪行為です!」
「そう言うな、。紅茶を淹れて、少し落ち着け」


おまえが落ち着いて、ストーキングをやめてくれればそれでいい。
私の最大の悩みの種がこれだ。
タークスという職に就いている以上、平穏な世界で暮らせるとは思っていない。
とはいえ、こういう迷惑行為に合うとは思いもしなかった。
しかも、社長だ。
訴えても、根回しされて揉み消される。

溜息をついて、もらった缶を開けた。
紅茶のいい香りがする。
一つティーバッグをつまみ、ティーカップの中へ入れる。
保温ポットの湯を注ぎ、コーヒーミルクを注ぐ。

社長のことは、嫌いじゃない。
でも、恋人同士になりたいとは思わない。
社長という肩書きがなければ、どうだろう。
あんな人に社長という肩書きがつかないわけがない。


「どうした? 紅茶が出すぎているぞ」
「あっ、苦くなっちゃう」
「甘いものでも一緒に食べればいい」


そう言って社長は小さな箱を掲げる。
目を見開いた。
オープンしたばかりのケーキ屋の名前が書かれた箱だ。
本当に、いい趣味だこと。
私のことは何でも知っている。いつでも気にかけている。
そういう人を好きになれたら、どれだけ幸せだろうか。


「ありがとうございます。とっても嬉しい」
はいつでもそういう顔をしていればいい」
「はい?」
「そういうことだ」


ケーキの箱を私に押し付け、社長は立ち去る。
ティーカップとケーキの箱を持ち、事務所に戻る。
誰もいない静かな事務所。
ケーキの箱を開くと、モンブランとチーズケーキが入っていた。
本当に私のことをよく見ている人。
私の方が、私のことをよく知っていないのかもしれない。

栗の甘さが身に沁みる。
おいしくてうっとりする。
ピピッと電子音がして、顔を横に向けると、誰もいないはずの事務所に赤毛の男が一人カメラを構えていた。


のいい顔捕らえたり!」
「盗み撮りね。今すぐデータ消しなさい!」
「やなこった。社長に高値で売りつけるぞ、と」
「こら! やめなさいっ」


事務所から出て行くレノを追いかけた。
扉が大きな音を立てようが気にしない。
廊下に出た瞬間、人にぶつかった。
「ごめんなさい」と顔も見ずに謝って駆けようとしたが、腕を引かれて動きを止めた。
ぶつかった人は社長。


「社長! レノを追いかけるので離してください」
「レノに追いついたら、データを消去するのだろ。そうはさせない」
「やだ、グルなの!?」


本日四度目の溜息をついた。
すると、腕を強く引かれ、後ろに倒れそうになる。
それを受け止めるのは、社長の体。
背中から抱きしめられ、社長の顔が私の肩に載る。


「社長、他の社員に見つかったらどうするんですか。大問題ですよ」
「何が問題なのだ? 社内恋愛なんてどこにでもあるものだ」
「いや、あの、これは恋愛ではないと思うのですが・・・」
「そうか? 私は時間の問題だと思うが」


盛大な溜息をついた。
こういう人を好きになったら最後、永遠に離れられなくなる。
落ちてたまるか。









**************************************************

「これが好き」と明言していないのに、それを知っていてくれるとすごくときめく。
21の誕生日にポケモンのお菓子つめあわせブーツ(クリスマスの)をもらったときとか、
「金平糖好きなの〜」と他の人と話していたのを横で聞いていた後輩が、
数日後の私の誕生日に金平糖をくれて嬉しかったな。

安い女よの、私・・・

inserted by FC2 system