[ BLACK OR WHITE ]





エアコンをつけたら負けだと思う。
けれど、室温は三十五度を超えた。
冷蔵庫から紙パックのアイスティーをとりだし、グラスに注ぐ。
紅茶の香りがほんのり漂う。
グラスの表面に水滴がつき、曇りガラスのような状態になる。
グラスに手を添えれば、手は水滴で濡れるけれどひんやりして気持ちがよい。

久しぶりに予定のない休日。
両足を投げ出してソファでくつろぐ。
部屋着のハーフパンツからのびた足は、あいかわらず太い。
大根足と言えば、大根に失礼にあたるくらい、太くて嫌になる。
膝の横に青アザを見つけ、記憶をさかのぼる。
どこかにぶつけたのだろうか。覚えがない。
上からさすってみたが、痛くはなかった。



「みっともないアザだな。誰にやられた?」
「ちょっと、ルーファウス!合鍵持っていてもチャイムは鳴らしてって言ったじゃない!」
「そうだったか? それにしても、。その足のアザは何だ?」
「わからない。気がついたらできていたの」



自分の家でもないのに、挨拶なしに入ってくるとはいい度胸だ。
ルーファウスに会う予定はもちろんなかったから化粧はしていないし、エアコンもつけずTシャツにハーフパンツというラフな恰好だ。
溜息をひとつついて、私はエアコンの電源を入れた。
開け放っていた窓を閉め、コーヒーを淹れる準備をする。
気がつけば、ルーファウスはソファの中央でくつろぎ、テーブルの上に置いた白いビニル袋の中を漁っている。



「何買ってきたの?」
「イリーナに渡された。冷凍庫に入れておけ」
「命令口調…せっかくの休みが台無しだわ」
「何か言ったか?」
「いいえ、なーんにも」



白い袋の中身はアイスキャンディーだった。
ルーファウスは一本取り出して、透明の個包装をはずしてほおばる。
神羅カンパニーの社長がアイスキャンディー。
とても似合わなくて笑ってしまった。
その姿を見ることができるのは、私だけ。

私もアイスキャンディーを一本取り出す。
まだ二本残っていたので、冷凍庫へしまった。
水色のアイスキャンディー。ソーダ味が爽やかだ。
ソファの隅に腰掛け、エアコンの冷気を浴びながらアイスキャンディーを食べる。
夏を涼しく過ごす方法。


涼しさに目を閉じていると、腕を引っ張られて横に倒れる。
中途半端な体勢でルーファウスに寄りかかっているので、一度体を起こしてからルーファウスの肩に寄りかかった。



「暑くないの?」
と一緒にいるなら別だ」
「別腹?」
「そういうことだ」



とはいえ暑い。
想定外の客に対応しきれていない私は、アイスキャンディーを食べながらコーヒーメイカーの様子を見に行く。
マグカップに熱いコーヒーを注ぐ。
見ているだけで暑くなるような黒い色に目眩がする。
せっかくエアコンで室温を下げても、ホットコーヒーが存在するだけで室温が上がってエアコンの存在意義を消してしまいそうだ。
テーブルにマグカップを置く。
「ありがとう」と珍しい言葉が聞こえた。
目を丸くしていると、ルーファウスはこちらを見て微笑む。
目を大きく開いて瞬いた。
アイスキャンディーをもらったお礼を言っていないことに気がつく。



「イリーナ、アイスキャンディーごちそうさま!」
「どういたしまして」
「ルーファウスに言ったんじゃなーい」
「俺から伝えておいた」
「あ、そう」



ルーファウスはちっともコーヒーを飲む素振りを見せない。
冷めてしまうのに。



「夏だからこその、冷ますためのホットコーヒーだ」
「どうして?」
「冷ますのに時間がかかる。そうすれば飲む時間が遅くなる」
「そうしたらどうなるの?」
と一緒にいる時間を増やせるだろ?」



普通はここで頬を赤く染めて「ルーファウス、大好き」とか言うのだろう。
あいにく私は自他共に認める普通ではないので、白い目で恋人のことを見てしまう。



「どうせアイスコーヒーでもうちに入り浸っていくくせに」
「素直に受け止めればよいものを」
「素直じゃないのはあなたがいちばんよく知っているでしょうに」



鼻で笑ってアイスキャンディーを食べるルーファウス。
もっと素直になれればよいなと思う、夏の日の昼下がり。









**************************************************

書き始めたのは酷暑でした。もう残暑もすぎて秋だというのに…
inserted by FC2 system