[ どこもかしこも世界は赤いのだ(チョコレートは赤への片道切符4) ]





元々レノさんとは仕事中に接点がなかった。それゆえに「付き合ってたのもなかったことにしろよ」と言われたところで、私の生活は何一つ変わらない。朝になれば顔を洗って食事をして着替えてメイクをして出勤。昼休みになれば同僚と食堂か外に出てランチ、三時になればリフレッシュルームで休憩して、午後六時には定時を迎えてそこから残業したり、定時退社で飲みに行ったりする。そんなこんなで三時のおやつタイムの今、私は総務課のできる先輩とリフレッシュルームでカフェオレを飲んでいる。

「レノとは順調?」
「なかったことになりました」
「は?」
「私が勘違いしてレノさんを怒らせてしまったので……」

レノさんは先輩より年下で後輩。いつからどのような関係なのかは知らないが、付き合っていたことをなかったことにした報告は受けていないらしい。それほど深い仲ではないようだ。
とにかく社会勉強はこれにて終了。とても後味が悪いものだけれど、私が原因なのだから仕方がない。割り切って次の恋……恋? 恋をしているつもりはなかった。好きでもない相手と恋人という肩書で繋がっただけで、タークスの仕事やそこの所属するレノさんの人となりについて知る機会ができた。たったそれだけのこと。恋ではない。

特に恋人が欲しいわけではないのに合コンの人数合わせで先輩に連れていかれたバーで、向かいの席になった男性が妙に私を気に入ったようで連絡先を交換した。ボディタッチが多いのが少し癪だ。
レノさんとは仮初めの恋人とはいえ、手を繋いだことも、キスも抱き合うこともしなかった。私がレノさんのやけどした手に尻餅をついたくらいだ。
本当に恋人だったのだろうか。レノさんは私に好意を持っていたようで、二か月足らずの短い間だけれども確かに優しくしてもらった。触れ合うことはなかったけれど、確かに付き合っていた。

「付き合ってたのもなかったことにしろよ、と」
「俺はと一緒にいられて楽しかったけど、には苦痛しかなかったよな。本当に、ごめんな」

レノさんの声が耳から離れない。苦痛なんてひとつもなかった。謝らなくちゃならないのは私の方だ。本気の恋をしようとしているレノさんに不誠実な態度をとってしまった。こんな私のどこを好いて、付き合おうと思ったのだろう。私にいいところなんてあるのだろうか。それは、合コンで出会った彼もそうだ。
何度か食事デートを重ねて、正式に付き合いたいという彼の申し入れをうまくはぐらかしてきたつもりだけれど、強行突破されれば私が負けるのは確定事項。酒に酔って回らない頭、もつれる足、引きずられるように彼に手を引かれて行きつく先はホテルだろうし、中ですることもわかっている。レノさんはこういうこと一切しなかったなとぼんやり考えていると、視界の端を赤いものが横切った。

ここで「助けて」と声をあげることだってできたのに、私は口を噤んだまま何も言えずに彼に手を引かれた。いざホテルの入口を目の前にして、帰りたくて仕方がない。恋とか愛とかどうでもいい、好きな人だっていない、恋人が欲しいわけではない。それでも、流されてしまうのが嫌で一歩一歩後ずさりするけれど、彼に手を引かれている時点で腕を伸ばしきればそれ以上は下がれない。

呆れ顔の彼が強く手を引いて私は力に逆らえずに彼の胸に飛び込んでしまう。寄りかかってそのまま流されて楽な人生を送るのも悪くない。それなのに、私の中に残った強烈な赤色は消えてくれないのだ。

「そいつ、嫌がってるぞ、と」
「タ、タークスがなんの用だ?」
「嫌がる女をホテルに連れ込んでしっぽりやろうってか。ご苦労さんだぞ、と」
「い、嫌がってはないだろ。ちゃんと同意の上だ」
「どこが同意の上だよ。お前の目は節穴か?」

彼の胸を押し返すと簡単に私の体は彼から離れ、ふらふらと後ろに足は進んでそのまま倒れそうになるのをレノさんが受けとめてくれた。しばらく会っていなかったけれど、夜になると感じる香水と汗が混じったような匂いは忘れたことがない。私の好きな匂い。

「ちゃんと同意したのか?」
「……」
「あいつと付き合ってるのか?」
「……」
「あいつのこと、好きなのか?」
「……好きでも、嫌いでもない」

声が出ず首を横に振ることしかできなかったのに、最後の問いだけは掠れた声が口から出た。レノさんの手が私の頭を撫でる。男の人ってどうして頭を撫でるのが好きなのだろう。彼にも散々撫でられたけれど、レノさんに撫でられるのは悪い気がしない。むしろ、心地よくてどろどろに濁った心を溶かしてくれた。

「レノ、さん、助けて」
「当たり前だぞ、と。の頼みだからな」
「ありがとう、ございます」

レノさんにお礼を言って私の脳内CPUは処理を停止してシャットダウンしたようだ。目が覚めたら見たことのないベッドの上で、一度見たことがある天井が眼前に広がっている。寝返りを打って横を向くとハンガーラックに黒いスーツと白いシャツが掛かっていた。ボタンがなくてベルトがついている黒いスーツは嫌というほど見てきた。レノさんのスーツが掛かっているということは、ここはレノさんの自宅の寝室だろうか。
二日酔いで頭がすっきりしないし、吐きそうで吐かない気分の悪さと戦いながらベッドから這い出して寝室の扉を開くと、ソファで携帯電話片手に誰かと通話しているレノさんがいた。一瞬こちらを振り向き、通話相手との会話を切り上げて携帯電話をローテーブルの上に置く。

「おはようさん。よく眠れたか、と」
「おかげさまで、二日酔いです」
「おいおい、それは俺と関係ないだろ、と」
「はい、自業自得です。でも、助けてくれてありがとうございます」
「あいつ、誰?」
「数合わせで連れていかれた合コンで、無駄に私のこと気に入ったみたいで」
「ふーん……」

レノさんから私に問うたのに興味なさげだ。レノさんは冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出してキャップを外してから私に差し出す。受け取って一口飲むだけで気分が晴れる。

「俺は任務があるから出かける。合鍵渡すから帰るときに鍵かけてくれよ、と。鍵は持っててもいいし、いらないなら郵便受けにでも入れといてくれ」
「は、はぁ……」

私はレノさんに相当信頼されているようだ。いや、部屋中に監視カメラや盗聴器を設置していて何もできない状態にしているから安心して私をひとりにするのかもしれない。そのくらいのこと、タークスのレノさんなら朝飯前だろう。ありがたく頂戴したミネラルウォーターのペットボトルを飲み干すまで、テレビを見たりソファでごろごろしたりと、二日酔いで自宅で過ごすのとほぼ同じように生活できた。

惜しいなと思いつつレノさんの部屋から出て扉に鍵を掛けた。そのまま郵便受けに鍵を入れようとした手が震えている。この鍵をここに入れたらきっと私たちの関係は終わる。まだ繋いでいたい。好きでもない人だということには変わりないのに、私はレノさんと関係を持ち続けていたいと思っている。

もう一度レノさんの部屋の鍵を開けて中に入ってキッチンの冷蔵庫に直行した。悪いと思いながら中をると、ビールとミネラルウォーターしか入っていない。冷凍庫にはアイスクリームがいくつかと、冷凍パスタがぎっしり詰まっていた。まともな食生活してなさそう。カット野菜を使えば二日酔いでもカレーくらいなら作れそうだなと思い、スーパーで買い物をして勝手にレノさんの部屋のキッチンを借りてカレーを作って鍋はそのままコンロの上に、テーブルの上にあったメモ用紙に感謝の気持ちを書き残す。部屋を施錠したら鍵は郵便受けの中へ入れて自宅に戻ってベッドの上で眠った。

夕方、晩ご飯を作るのが面倒で何か買いに行こうと身支度をしていると、携帯電話が着信を知らせて震える。相手はレノさんだった。さすがにカレーを見たから連絡してくれたのだろう。助けてもらったお礼だから気にしなくていいのに。

「もしもし」
「ライスがないぞ、と」
「あっ、すみません。そこまで気が回りませんでした」
「嘘だぞ、と。米なら今炊いてる。ありがとな。ひとりで食うのは寂しいから、も来ないか、と」
「あ、え、っと、その……」
「『レノさんのこと好きになりたい人生でした』ってメモ書き残しただろ。まだまだ人生はこれからだ。俺のこと、いくらでも好きになれよ、と」
「あぁ、えーっと、はい、そうですね」

まだレノさんのことを好きになれるかわからないけれど、この先好きになれたらどんなに幸せな人生が待っているかと思うと心拍数が急激に上がる。心臓の音がうるさくて耳を塞ぐけれど、自分の体内の音は外から聞こえるわけではないから音の大きさは変わらない。

向かうのは真っ赤な髪を持つ人が待つ場所一択。夕日が沈む前のあの人の髪色と同じように赤く染まった世界へ飛び出した。




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完結しました〜。とはいえ、彼らにとってここからがスタートですね。

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